それはもう、何度言われようとも仕方のない事で。
どれだけ月日が過ぎても、この性格と言うか性質は治らない、なんてのは分かりきってて。
だから、もうそんな風に泣くのはよせよ、と冗談めいて言う事しか出来なかった。

 

あぶない刑事 懸念 前編

 

変な夢を見た気がした。
うつらうつらしながら目を瞬けば、良く見知った顔が自分を見下ろしているのが見える。この右手をしっかりと握る手もきっと幻だと思ったけれど、何故か安堵する様な気がして、振り払おうとは思わなかった。
―――何、泣きそうな顔してんだよ。
無理に顔に笑みを作れば、彼女は眉根をひそめたまま苦笑する様にこちらを見つめている。
―――なあ、何で泣いてんだよ、薫…

気が付けば、腑甲斐ない事に病院のベッドの上で…やたらに白いそこが、光に不慣れな目に痛かった。
大下勇次は小さくうめく様な声を吐息と共に洩らし、不自由さと走る痛みに顔をしかめながらも身を起こす。そっと我が身へ視線を落とせば、これまた目に痛い様な白い包帯…完全に固定された左肩と左腕をすねた子供みたいな顔で眺めた。
―――ドジった。
「格好悪過ぎ、情けねぇ」
そんな風に揶揄して苦笑を浮かべてみるが、所詮は後の祭り、栓無き事なだけ。
聞き慣れた銃声も硝煙の匂いも、今回ばかりは此方の味方ではなかった訳で…凶弾に撃ち抜かれたのは自分の方だった。衝撃に引っくり返って、それでも何とか踏みとどまりながら追い掛けたが、思いも寄らない出血量と焼ける様な激痛に目の前が霞んだ。
―――あいつはどうしただろうか、鷹山が捕まえただろうか…。
今更、目の前で取り逃がした犯人の駆け去る後ろ姿とそれを追う相棒を思い出して眉根を寄せる。
「先輩!何、起きてるんですかっ!」
その声に顔を上げれば、最近になってめっきり生意気になってきた可愛い後輩が目を丸くして部屋の入口に立っていた。
「よぉ、トオル」
「よぉ、じゃないですよ!」
病室のドアを開けた町田は血相を変え、入って来た途端に慌てながら大下に駆け寄った。
「絶対安静なんですよ!分かってます?」
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃ、全っ然ないです!」
運び込まれてから3日も意識不明だったんだから…と言って、町田は途端に哀しげな顔を浮かべた。
当たり所が悪かったのか、思いも寄らない出血量で、下手をすれば最悪の事態すら起きかねない容態だったのだ。たかがかすり傷とは言えない、手当てされた撃ち抜かれた肩…麻酔の切れかかった今、まるで主張するかの様に酷く痛む。
あまりに必死な様子で町田に責められて、仕方なく大下は上体をベッドへ戻した。それを見守った後に町田はベッドサイドの簡易椅子に腰を下ろすと、安堵するかの様に脱力する。
「俺、本当…先輩がもしどうにかなっちゃったらって、心配で心配で」
「こうして、無事なんだからいいだろ?」
相手の、本気の懸念が分かるから、大下は何だかこそばゆ過ぎてわざとおどけた口調で言った。案の定、そう言う問題じゃないですよ、と彼は先輩に噛みつくが、大下は素知らぬ顔でそんな言葉は聞き流す。
「今だって、治った訳じゃないんですから。大人しくしてて下さいよ」
「わかったっつーの」
「本当にわかってんのかなぁ…真山さんだって、どんなにか心配して…」
聞き分けのない子供みたいな素振りの大下をふくれっ面で見やりながら、町田はぼやく様に呟いた。
だが、その内容に大下は意外そうに目を向ける。
「なに、薫、来てんの?」
「え?ええ」
彼女が来る事ぐらい珍しくもない…今までも大下や鷹山がいつもの無茶をして運び込まれれば、かなりの確率で真山は顔を出した。だから、そんな意外な出来事でもないのに、分かっていながらも大下は複雑な気分になる。
「さっきまで一緒にここに居たんですが…あれ?どこ行っちゃったんだろう」
ようやく、待ち望んでいた大下の意識がはっきりしたと言うのに、と町田は先程までの色を失って張り詰めた表情を浮かべた真山の様子を思い出して首を傾げる。
「そっか、来てたのか」
「ええ…まぁ…」
大下は町田の言葉に些か驚いて、それから顔を反らすとしかめっ面を浮かべた。
―――夢にしちゃあ、ずいぶん"らしくない"と思ったんだ。
そもそも生死をさ迷ってる割に、あのぶっ飛んだやかましくて厄介な女刑事を自分が夢になんか見る事自体、ナンセンスだ。しかも普段からは想像も付かない程、沈んだ浮かない表情でじっと見つめていた…泣き腫らした様な目で。
―――格好悪過ぎ。
こんな状態の自分を見られた事が、そんな風に彼女をさせた事が、許せない様な気分。
眠りの中で感じていた、無事な方の右手を握る暖かで華奢な指先の感触があまりにリアルで、随分と歯痒かったのを思い出す。
「先輩…?」
訝しげにおずおずと問掛ける町田に気付き、大下は更に不機嫌な声でぶっきらぼうに「何だよ」と言う。
「痛みますか?そんなに顔、しかめて」
大下は自分自身に舌打ちした後、気遣いを照れ隠しに撥ね退ける。
「あ?痛いのは当たり前だろ」
「分かりましたから…とりあえず、ちゃんと寝てて下さいよ。今、先生呼びます」
それはいつもの強がりな大下で…何処か安心する様に笑みを浮かべた町田は、そう言い残して病室から出て行った。
ぱたりと閉じたドアの向こうで歩き去る足音を聞きながら、大下は目を閉じる。
横たえた体にうずく痛みが何故か彼を安堵させた―――けれど、不意に思い出した情景を振り払う事も出来ずに、彼はもう一度舌打ちするのだった。

 

「朝っぱらから、何の相談?」
悪戯を見付けられたかの様に後ろ姿でぴくりと反応を表す二人を、真山は作り笑顔で引き止めた。
―――出たな、変な時に妙に勘の鋭い疫病女神。
そんな二人の感想もなんのその、真山はずかずかと背後に近寄ると振り向きもしない相手の前へ回り込む。
「薫ちゃんにも教えて。って言うかお金返して」
「別に…何もねぇよなぁ、タカ?」
「そうそう」
「って言うか、金は給料日まで待って」
「ダメ」
「あ…そう」
誤魔化す笑顔で煙草をふかす大下と、言葉少なに同意を表す鷹山を順繰りに見上げ、彼女は彼等の"お願い"を切り捨てた。
それから、真顔で両手を腰に宛て「それはともかく」と一際強い口調で言葉を紡ぐ。
「あんた達二人、野放しにするとロクでもない事しでかすんだから、いっつも!」
「酷い言われ様だな…」
「まったくだね」
「本当の事でしょ」
そんな彼女の様子には些か気圧され、彼等はまさに咎められた子供さながらに所在なさげに目を泳がせる。痛い所を突かれた、そんなところだった。
「借金返してもらうまで、死なれちゃ困るのよねぇ…」
不意に深いため息…真山の心からの嘆きに、大下と鷹山は肩透かしを喰らった様に、あら?っとよろけた。
「そう言われても、ここん所は事件らしい事件もないしな」と鷹山から、なあ?と同意を求められれば、答えて大下は「俺達もこの通り!大人しいだろぉ?」と言って、ねぇ?と返す。
真山はそんな彼等のふざけたやりとりを中断させて言った。
「それが心配なのよ!」
まったくもう、と苛立たしげに口を尖らせて。
「暇さえあれば事件見付けて来るし…何か企んでるなら、薫ちゃんにも話なさいよ。いつだって手伝ってあげてたんだから、さ。たまには言う事聞きなさいってば。ねぇ?」
急に最後を似合わないセクシーポーズ付きで言う彼女から、瞬時に回れ右する鷹山達。それまで我関せずだった捜査課・少年課面々が真面目に"有り得ない"顔を一同揃って浮かべた。
「何よ何よ何よ?ええっ?」
威嚇しまくる彼女から一斉に顔を反らすのもいつもの事…そのついでに離脱を企む二人を真山は後ろから襟首を掴んで止め「話は終わってない!」と怒鳴った。
「あのさ…今に始まった事じゃないだろぉ」
困りきった顔で大下は自分の額を人指し指で掻きながら呟いた。
「だって、なぁ…」
「見付けるんじゃなくてそこに事件があるから、なだけ」
「事件が起きれば片付ける、至って健全なお巡りさんなの、俺達」
ああ言えばこう言う…毎度の事ながら真山は思い切りふくれっ面を浮かべた。
「またそんな馬鹿な事言って、誤魔化してばっかなんだから。怪我だって治ったばっかりじゃない」
心配する身にもなれと強い眼差しで訴える彼女…しかし、心配されればされるほど彼等が茶化すのは目に見えていた。もちろん、真山にだって分かっている。
でも、彼等は気恥ずかしくて居心地が悪くて、意地っ張りもここまでくれば質が悪いだけ。
睨む様に見ている彼女の前で、大下はおどけた調子に鷹山へ尋ねる。
「タカ。今、どこか怪我してる?」
「いいや。ユージは?」
「俺も全っ然、元気ばりばり!」
いつもの調子で肩をすくめる鷹山に、大下もふざけてガッツポーズして見せる。それから伺う様に振り向けば、殊の他、真山は真顔のままだった。
「大下さんもタカさんも…無茶する事しか考えてないんじゃない?」
予想外の根張りに彼等は意外そうに顔を見合わせ、少しの間の後に小さく笑った。
「心配すんなって」
大下は話すと共に、ぽんっと真山の肩へ手をかける。
「俺達が薫残して死ぬ訳ねぇじゃん。おまえみたいな危なっかしいのをさ」
「そうだぞ、薫。俺達だって心配してるんだぜ」
「こんなのでも引き取ってくれるお人好しな男でも現れるまでは、心配だよなぁ」
「おい、勇次。そりゃ一生、無理だぞ?」
「あーっ、タカ、それを言っちゃあおしまいよ?」
「言いたい事はそれだけかっ!」
ボケ同士の掛け合い漫才が見たい訳じゃない真山の怒鳴り声が響いた。
「人が黙って聞いてれば、言うに事欠いてぇ何を抜かすか、この口達は〜!」
「わーっ!タイム!薫ちゃん、タイム〜!」背伸びする彼女がそれぞれ二人の頬を指で抓んで引っ張る。堪らず逃げに回る二人を、彼女はその後もしばらく追い掛け回した―――

そんな遣り取りをした矢先、見事に犯人にやられたのは自分。
目覚めた時、目の前に真山が居なかったのは彼にとってはありがたかった…まともに顔等、会わせられる訳もなくて。
真山が真剣に思ってくれるからこそ、そんな不安を拭い去りたくておどけてしまうのだと―――彼女は知っているだろうか。それが男の優しさと強がりなのだと。
「まいったよなぁ…」
彼は誰もいない部屋の中で、言い訳の様に呟いた。
やがて、廊下から三人分の足音が聞こえくる…町田は医師と看護婦を連れて戻って来ると、ベッドの大下へと歩み寄った。
「薫さん、ちょっと見当たらなくて…」
別に探して来てくれとは頼んでもいないのに、とはさすがに大下も言わなかったが、代わりに「あっそ」と短く返す。
とりあえず絶対安静、を改めて医師から言い渡されて、変えられた包帯を彼は見下ろした。骨に当たりもせず綺麗に抜けたから、そんなに苦労もせず治るはずだとの事。
「良かったですね、先輩」
思わず笑顔を浮かべる町田が、しかめっ面のままの大下に言う。
出血の多さが逆に不幸中の幸いで、毒と為りうる弾丸の鉛や雑菌を傷口から洗い流してくれたらしい―――それはそれで良かった事なのだろうけれど。
「何が良かったんだよ」
仏頂面で言いながら、無理してでも身を起こして彼は町田の頭を叩いた…完全な八つ当たり。
「いたっ!何するんですか」
だが、非難する町田から大下は顔を反らした。
「…平気だよ」
「え?」
呟きを聞き取れずに聞き返す町田に、大下は顔を背けたままで言った。
「俺は平気だから。んな顔すんなよ」
「…先輩」
心配したり、悲しんだり、安堵したり…そんなにも注力しなくても大丈夫だから、と―――町田は一瞬だけ呆然としながら、やがて笑いもせずに口を開いた。
「それは俺じゃなくて、真山刑事に言って下さいよ」
「あン?」
意外な返答に振り向けば、町田は彼を見やったまま、生意気にも困った様な笑みを浮かべる。
「………何だよ、トオル」
僅かに怪訝な目付きで睨めば、
「別に。それじゃあ俺は一度、署に戻りますね」
と、トロイ動物のくせに大下の言葉をするりとかわす。
大下はそんな後輩へ鼻を鳴らし、他に言える言葉も思い付かず「わかった」とだけ答えた。

 

つづく

 


2007/3/13 BLOG掲載

 

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