紡ぐ声は自分が思っているよりも硬くて、かすれてて。
だから睨む目だけは、反らさずまっすぐに向けた。

 

あぶない刑事 懸念 薫サイド

 

現場から病院へ運び込まれた大下はすでに気を失っていて、話す事も出来ず仕舞いだった。
始めからついて来ていた町田は後から駆け付けた真山を、大の男のくせに泣きそうな顔で処置室前の長椅子に座ったまま見上げていた。
「男だろ、しっかりしろ!」
無理矢理強気で言ってその大きな背中を叩けば、「はい」と消え入りそうな声で、けれどもはっきりと答える…祈る様に両手を組んではいても目に光を取り戻して行く後輩刑事に、彼女はよっぽど彼の方が強いのだと気付く。
しっかりしなければ、と言い聞かせたのは真山自身の方だった。
「大丈夫、殺しても死なないわよ、大下さんは」
そんな笑えないジョークを呟いて、彼女は処置室の赤いランプを見上げる。
無駄に長く感じる静寂の時間を、彼等は言葉もなく待つしかなかった。

「大下さんもタカさんも…無茶する事しか考えてないんじゃない?」

あの時、そう投げ掛けた言葉は思っていたよりも棘を含んでいて…相手よりも自分に、深く突き刺さった。
―――待つしかない人間の事等、考えもしないで。
いつも置いて行かれるのは私。
いつも二人で勝手に突っ走って、勝手に大怪我したり死にそうになったり…こっちの方がどうしようもなくうろたえそうになる。
―――私は何も出来ないから、どうする事も出来ずに、いつもただ待つだけ。
もう、そんな思いをするのは嫌。
もう、あんな思いで看てるのは嫌。

「心配すんなって」

そう言って笑った顔を思い起こせば、今はあの病室に眠る顔へと移り変わって行く。
怖い―――そう思った。
彼のあんな姿を見るのが、心底怖かった。
今でも脚が、手が、震えを止められない。
寒い訳でもないのに、この体中を這上がる寒気は何だろう…壁に背を預けて彼女は思う。

 

「薫さん?」
訝しむ様にかけられた声に顔を上げれば、町田の姿が視界に入った。彼は驚いた様な顔をして佇み、同じく予想だにしなかった相手の声へ驚く真山を見やっている。
大下が休む病室から遠くない廊下の片隅で、彼女は壁に寄りかかったままうつ向いていた。その顔は色を失ったかの様に白くて、駆け付けた当初に彼を叱咤した強さも消えていた―――先程、目を覚まして減らず口を叩いた大下よりも、彼女の方がよっぽど倒れそうだと感じる。
町田はそんな感想を振り払う様に歩み寄り、顔を反らした真山に尋ねた。
「こんな所で、どうしたんですか?」
「別に…なんでもないわよー」
「はぁ、そうですか…」
いつもの砕けた口調を返すその後ろ姿を、彼は困惑して首を傾げる。だが、不意に「あ、そうだ」と言おうと思った話を思い出して口を開いた。
「大下先輩の意識が戻ったんですよ!」
「えっ」
「薫さんが言った通りだったなあ。やっぱり殺しても死なない人だ、あんなに減らず口叩くし」
大下の様子に余程安心したのか、町田は笑みを浮かべて呟く。
「じゃ、とりあえずは大丈夫なのね」
「ええ、あの様子なら…って、薫さん?」
尋ねた彼女が急に踵を返すのに気付いた町田は、慌てる様に追い掛けた。
「会って行かないんですか?」
「容態も安定したんでしょ。だったら、あたしは仕事があるから先に戻るわ」
「えっ!何で…ちょっと…」
「後、よろしく〜」
後ろ手を軽く振って出口へと向かう真山の後ろ姿を軽く睨む様に眺めながら、町田はぽつんと廊下に残されて口を尖らす。
「…もう、勝手だなぁ」
でも、と思う。
本当に自分勝手で我儘で、どうしようもなく彼女の心を乱す馬鹿は、自分達がずっと待ち望んでいた…今はまた麻酔でまどろみに戻った人間だと分かっている。
だから、町田は苦笑を浮かべてナースステーションへと踵を返した。

 

真山は病院を出てすぐ拾ったタクシーへ乗り込むと、港署へ行くよう告げて後部座席に深く身を預ける。
唖然茫然な町田の顔を思い出して、彼女はため息すら吐けずに長い髪をかきあげた。
―――あのまま居て、まともにあいつの顔を見たら…また泣き出しそうな気がしたから。
視線を落とせば、ずっと握っていた手の感触がまだ残る、自分の右手が見える。
自分よりも大きくしっかりとした手が、時折強張る様に握り返して来たのを思い出して、彼女は右手を乗せた膝の上でぎゅっと握り締めた。
―――あいつが勝手なのは今に始まった事じゃないのに。
あの日、何故か口を突いてしまった言葉。
妙な胸騒ぎがしたから、いつもなら黙ってるのに、似合いもしない真顔で言った。
何を言ったところで聞くはずもないと、分かっていた。のらりくらりと誤魔化され、はぐらかされるのだと、分かっていたのに。
―――でも。
嫌だったのだ。
知らないところで彼が傷付くのが、もしもの事が起きるのが、嫌だったのだ。
―――だって、知らなかったら何にも出来ないじゃない。
何も出来ずにいる間、ただ待つのは怖い。
失うかもしれないと何処かで危惧しながら、何を馬鹿な事をと自分で自分を叱ってただ信じて待ち続けるのが、怖かった。
だから。
目覚めたらいつもと変わらぬ様子だと言う大下に一目でも会えば、泣いてしまうと思う。
少しでも不安を覚えた事が情けなくて、悔しくて、そして彼の無事に安堵して。
もうこれ以上は、揺らぎたくないと思うから…声もかけずに飛び出した。

心配すんなよ―――

そう言って笑顔をもう一度思い出し、真山はすねた顔で呟く。
「馬鹿。するわよ、普通」
それが当の本人には決して届きはしないのだと知っていたけれど。

 

つづく

 


2007/3/13 BLOG掲載

 

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