気付いてしまえば、それまでで。
そこから先に踏み出す勇気など忘れてしまったみたいに、立ち尽くす。

ただ、言えない言葉に互いを見合ったまま。

 

あぶない刑事 懸念 後編

 

3日も寝てれば当然、一番オイシイ場面は仲間外れ―――予想通りに解決してしまった事件は、入院した大下を除く捜査課の仲間達の手で終焉を迎えてしまった。まったくもって、格好悪いのとやられ損の際み。
久々に出勤すれば、復帰祝ムードに沸く同僚達に、大下は照れくさいのと気恥ずかしさから苦笑いで応えた。でも、いつもなら大袈裟なぐらいに馬鹿騒ぎするはずの人物が見当たらない…あの時、朦朧とする意識の中で見掛けた泣き顔の持ち主が。
視線を巡らせば、それに気付いた鷹山がそっと彼の疑問に答えた。
「薫ならパトロールだぜ」
「冷めてぇの」
気付かれた事に驚きながらも大下は、平静を装ってわざとすねた様に言う…そんな彼に鷹山は小さく笑って、痛めていない方の肩をそっと叩いた。

彼女の泣き顔など、見たくなかった…他でもない自分が泣かせたのだと、認めるのが怖かった。
何故避けられたのか考えれば、やはり懸念からの忠告をあしらった事を怒っているとしか思えなくて。
―――だからって、人が退院したってのにそれはねぇだろうが。
せめて周りと一緒に、お義理でもいいから迎えてくれても罰は当たらないだろう。
妙に悔しいのは、彼女の予見が当たった事ではない。彼女の心配を完全に"考え過ぎ"と証明出来なかった、自分自身の事が悔しいのだ。
とは言え、いくら今更考えたってあれは不可抗力だったのだから仕方ないのだが。

怪我が完治するまで待機を申し付けられた大下は、港署内でする事もなく珈琲を飲む。怪我人だからと煙草も禁じられ、本当は珈琲も駄目出しされているのだけれど…高校生みたいに屋上で隠れて喫煙したりしている自分がおかしくて、彼は思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。
―――馬鹿だね、俺も。
まるで、ガキ。
「只今、戻りました〜」
不意に聞き慣れた声が聞こえて、彼は顔を上げた。
長い黒髪を揺らしながら踊る様な軽い足取りで歩いて来た真山は、肩にかけたショルダーバックをデスクの上に置いて椅子を引く。
彼女が席に座ったのを見計らって、大下は立ち上がった。まだ動く度にうずく傷を感じて顔をしかめ、それでも歩を進める。
「薫」
呼び掛ければ、振り返りもしないで調書に目を落とす真山が、抑揚のない声を返す。
「なに?」
大下はそんな相手の固くなな拒絶に些か面食らいながら、それでも近くのパイプ椅子を引っ張ってすぐ側に腰を下ろした。
「何だよ、冷たいな」
「別にいつも通りよ?」
「ああ?」
変わらずの調子で返す真山に、さすがにむっとした大下がそれを表すと、彼女はようやく振り返って満面の笑みを浮かべた。
「大下さん、退院おめでとう〜」
「…わざとらしいんだけど?」
「あら、分かった?」
「…………」
思わず口を噤む大下から視線を外した真山。その横顔は怒っている様であり、すねている様であり。
ややあって、大下は手持ちぶさたにジッポを掌でもてあそびながら、呟く様に言った。
「もう、平気だから」
「なにが?」
「怪我の事」
「そう、良かったわね」
「うん…まぁ、ね」
深いため息。
―――そんなに怒るなよなぁ。
変わらない態度は取り付くシマもなくて、逆に彼の方がすねてしまいそう。
口を尖らせて大下は、見付かった悪戯を無理矢理自白させられる様な声色を紡ぐ。
「…心配かけて、悪かったよ」
そう、観念した様に言った大下を、彼女は振り返るとじっと見やった。それが思いの外強くて、大下は息を呑む。
「な…何だよ?」
「明日、雪でも降るんじゃないかしら」
「何だよ、それ。人がせっかく素直に…」
「だからよ、素直過ぎて気持悪い」
「あのなぁ、薫!」
ここまで来ると、すね具合も可愛いをかなり通り越してしまうと言うものだ。だから大下はさすがに声を大きくしてしまったが、当の本人は涼しい顔で再び彼から目を反らしてしまう。
「心配なんかしてないわよ」
「嘘付け。あんな泣きそうな顔してたくせに?」
「あら、夢でも見たんじゃないの、大下さん」
「…素直じゃないのは、可愛くないぜ」
「私はいつでも可愛いわよぉ」
「………ったく…」
―――やっぱり夢だったんじゃないかって思ってしまう。
でも、冷静に彼女を見つめれば、やはり夢などではないと分かる…焦燥感から立ち直りきれていない、いつもと違う疲れた顔。まだ目が微かに赤いのは、病院から消えた後も彼女が泣いていたのだと暗に語っていたから。
「ありがとな」
「なんのこと?」
「俺が寝てる間、ずっと居てくれてたんだろ」
「…………」
答えないだけなのか、言葉を失っているのかまでは分からないけれど。
大下はそんな彼女の横顔を眺めた後、不意に顔を寄せ、頬に謝罪であり感謝のキスをした。
「大下、さん…?」
驚いて振り返る彼女に大下は、滅多に見せない様ないつも以上の笑顔を向けてから、次の言葉を聞く前に身を翻した。

机の上で頬杖を突いたまま、憮然とした表情を浮かべた真山は、誰に言うでもなく呟く。
「ったく、町田のヤツめ」
―――余計な事を。
何も、眠ってる間の事をバラスなんてしなくてもいいだろうに。
気恥ずかしくて情けなくていたたまれない心情を知りもせずに、勝手な事を。
でも、悪い気分じゃないのは確かだった。

細く昇る紫煙を手で払い鷹山は、自分の背後にある席へ戻ってきた相手へ振り向きもせずに口を開く。
「薫の機嫌は?」
「治ったんじゃない?」
対する大下も背中合わせのままで答えた。
実は真山の機嫌の悪さに辟易していたのは大下だけではなかったのだ。と言うよりも、彼が入院で不在の間、周囲の人間の方が余程理不尽に当たり散らされていた。
彼女がどうしてそうなったのか、大下と言う無鉄砲な刑事にだけ向けられた怒りではなく自分自身にも自己嫌悪しているからなどとは誰も気付かなかったが。
「今回はおまえのとばっちり」
その言葉に聞き捨てならない気分を味わった大下は、椅子ごとくるりと振り向き、同じくこちらへ向き直った鷹山に噛みついた。
「良く言うぜ、タカ。一緒にお小言頂いた仲でしょ?」
「で、まんまと怪我したのはおまえ」
「…俺のおかげで大活躍だったくせに」
「実力よ、実力」
「ちぇ〜、汚ねぇの!」
非難を叫ぶ大下は、笑みを浮かべる鷹山を睨んでふくれっ面を浮かべた。

 

もう、泣かせねぇ…なんて言っても、正直、自信はない。きっと、これは治らない、そう分かっているから。
それはもう、何度言われようとも仕方のない事で。どれだけ月日が過ぎても、この性格と言うか性質は治らない、なんてのは分かりきってて。
だから、もうそんな風に泣くのはよせよ、と冗談めいて言う事しか出来ないから―――せめて、俺は戻って来ると約束する。
何度だって、何度だって…おまえを残したりしては行かないから。回り道しても遠回りしても、きっと戻って来るから。
―――おまえを泣かせっぱなしにはしないから。
それが精一杯の約束だなんて言ったら、どんな顔をするだろう。
馬鹿!って怒鳴られるだろうか。それとも、しょうがないと飽きれられるだろうか…分からないけれど。

大下は柵のない署の屋上に立ち、煙草をふかした。潮の匂いを孕んだ風が彼の髪と白いシャツを揺らしていく…昼の明るい日差しを受けて波間が煌めく、そんな遠い海を、彼は目を細めて眺めた。
不意に背中に突き付けられた指の感触に振り返れば、手でピストルを真似した真山が大下を見上げる。
「あぶない刑事」
「…良く、分かってらっしゃる」
にやりと口元に笑みを作れば、彼女は真っ直ぐに彼を見つめた。
「決めたの」
「何を?」
そう問えば、決意のはっきりとした強い声で彼女は言う。
「もう止めないから」
「ん?」
「あたし、大下さんの事、信じるから。もう、止めないから。だから…」
真山はうつ向くと、小さく息を吐く。そして、ピストルの形をやめた手が迷子の子供みたいにシャツの背中を掴んだ。
「だから、多少の無茶はしてもいい、時間がかかってもいい。でも、必ず戻って来て」
「薫………」
「嫌いになっちゃう前に!」
言い切った彼女はすねている様な顔付きで、体ごと振り返った大下を上目使いに見て口を閉じる。
「あったり前だろ?」
「真面目に言ってるの!」
「分かった、分かった」
風が彼女の長い髪を揺らす。それを伸ばした手でやんわりとすきながら、大下は微笑んだ。
分かってる…そう、もう一度呟いて。

 

END

 


初めての試み、勇次さんと薫ちゃんでした。
う〜ん、少女趣味な感じ(爆)
この薫は「もっと」以降の時代ではなく、初期の頃かな。まだまともだった頃の(笑)
で、いつのまにか真面目に二人を危惧しなくなった理由の伏線です、私なりの。

世の中はどうなのか知りませんが、私の中では薫ちゃんは大下さんと、かなぁ?などと漠然と考えてます。
鷹山さんとはどうなのか…あれ、発想できなひ。何故だ<ただ単純に、どちらかとくっついてるともう片方とが考えられない不器用な私
いや、タカさんとであったら、逆に大下さんは一線退いたところで見守ってるだけになるかな、どっちもどっちな感じで。
後々の真山刑事のブッ飛び具合を知る前は、きっと二人は薫を大事過ぎて手を出さないんだ、と思ってました(ちなみにウチの父からの賛同あり)。
いやぁ、その後を知ると「対象外」キャラになっちゃうからなぁ<それでも私は好きです
町田は…もしからめるなら、薫を大事にする怖い先輩達の手前、手を出そうにも出せない、みたいな。しかも、もう何年も過ぎて(2005年映画版)も変わらず、今更変える事も出来ずって感じかも(笑)

しかし、今回は思いも寄らず、かなり苦心しました。
まともな事件絡みのストーリーの時とはまた別で、書き難い〜。
男女って書き難いわぁ…マジで(^_^;)

2007/3/13 BLOG掲載

 

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