それは冬の日射しの中の、一瞬の出来事。
出会い頭に覚えたのは、不思議なスパーク。
すれちがい様に合った瞳の奥に、良く似た危険な色を見た気がした―――それは野生の勘で。
思わず足を止めたけれど、とうに通り過ぎた相手を振り返る気にはならない。それでも何故かその姿は鮮烈で鮮明に記憶へ刻印される…そんな事を思った自分に苦笑いを小さく浮かべて、大下は再び歩き始めた。

 

あぶない刑事 Stare at Beast 後編

 

一台の黒塗りのローレルが、既に停車した数台の車に横付けされる。数十メートル離れて後続する車体には気付かない。大下はライトを車幅灯だけに落として、ゆっくりと自身が運転するグロリアの覆面車を倉庫の陰に停めた。
宵の口にホテルを後にした大下は報告の為に署へ戻る吉井を送ってから、いつもの単独行動へ打って出たのだった。そうして今、うすら寂れた廃倉庫群にいる。
眺めていれば、重たげなアタッシュケースを片手に男が倉庫のひとつに入って行く姿にきな臭さを如実に覚える。そっと車から降りて中を覗き込めば、大下は渇いた笑いを洩らした。
「まあまあまあ、悪そうなのが雁首揃えちゃって…」
辛うじて顔が判別出来る暗がりに、三人の男の姿を確認出来た。それを中心に何人もの弟分達が立ち並んでいた。
大下がチンピラが吐いた事務所へ辿り着いた時、目当ての人物はこれからお出掛けの様子で…とりあえず、離れながら着いて回る声暫し。あちらこちらと訪ねる様はまさに営業の様で、槇田は傘下の組や店等に顔を出した後、ようやく本日のメインディッシュたる仕事をする気になったのか、この廃倉庫群の一画に向かった。もちろん、大下もである。そして、今に至る。
さあ、狩りの時間だ―――彼は笑みを浮かべた。いつだってこんな時は、興奮とも恐怖とも違う高揚に見舞われる。いや、そのどちらもなのかもしれない。ホルスターから取り出した銃を手に、銃砲の装弾を確認した。
「さてさて…どうしてやろうかね」
足音を忍ばせながら、彼は暗がりの中へ身を躍らせた。

 

潮風が吹き抜ける、人気の無い夜の埠頭を鷹山は歩いていた。雲間から顔を覗かせた月の光に照らされた、その場で立ち止まると視線を目の前の汚れた黒い影の様に佇む倉庫に向ける。横付けされた何台もの車が、今日、ここで、良からぬ事を企む人間達が集っている事を証明する様だった。
やがて彼は、固く扉を閉めた横の小さなドアに向かう。その入り口に立つ人影に近付き、それがゆったりと寄りかかった壁から身を起こすのを眺めた。
「来ると思ったぜ、鷹山」
初めて"さん"付けを取られて呼ばれ、彼はようやくしっくり来る様な不思議な感覚を小さな頷きに変えて返す。
「罠じゃないとは思わなかったがな」
松山は苦笑にも似た笑みを浮かべて鷹山を見やった。
「とっくに俺の正体…分かってたんだろう?」
「まぁな」
「いつから?」
「初めて、面と向かった時…かな」
「この道で飯食って15年だぜ?ヤキが回ったか…失格だな」
「いや、あんたは優秀な捜査官さ」
"同じ匂い"がしたからだよ―――普通の警官や捜査官とは違う、特殊で危ない同種の血の匂い。だからこそ、鷹山は松山に近付いた。
「随分、無茶したな」
潜り込んだ中で冒した危険な行為は、予想以上に綱渡りだったろう。
「ああ…おまえのが移ったかな。だが、俺ができるのはここまでだ」
「感謝してるさ」
鷹山が述べた言葉に、松山はようやく微笑み、それから車の運転席に乗り込んだ。エンジンをかけないままに、彼は車外の鷹山に言う。
「騒ぎが起きるだろうなぁ、これから。それが聞こえたら、俺は消えるよ」
今動けば、中にいる連中に鷹山がいる事が気付かれる―――我が身を危うい立場に晒しながらも配慮する松山に、鷹山は改めて感謝した。そうして彼はまた、何食わぬ顔で戻るのだろう…仮面の暮らしに。
鷹山はそんな相手に背を向けて、倉庫へと歩を進めた。

 

―――取り戻した金で、さっそくヤクの取引かよ。
大下は皮肉な笑みをうっすらと浮かべて、コンテナを隔てた向こうのやりとりをじっと窺った。そろそろ出番が来るだろうと機会を待っているのだ…さすがにこれだけの人数を相手に、彼でもただ無鉄砲な真似はしない。絶妙のタイミングで、奴らにはぐぅの音も出せない状況をプレゼントしてやりたいのだ。
そう思って身を起こした大下は、突然現れた人物に足を止めた。

「そこまでだ!」

威嚇を含む低い声色が、暗闇の中に鋭く響く。
「何だ、あいつ…」
壁を背に覗き込む大下は、乱入者に鼻白む。
こちら側からでは影になっていて、その男のシルエットしか分かる物が無かった。新手かと危惧する彼の視界の中でその人影は右手に銃を構えたまま、左手でコートの中から見せ付ける様に手帳を取り出した。
―――あら、同業者?
益々面白くもない。勝手に人のシマに入り込んで、勝手に人のヤマにしゃしゃり出て来て、一体何様だろう…そう顔をしかめる。
「いい子にしてれば、痛い目に遭わずに済むぜ?」
物陰で大下は、思わず飽きれ口調で呟く。
「おいおい、いつの時代だよ…」
意を決して立ち上がった彼は、芝居がかったセリフをさらりと言い退けた相手の隣に、軽くステップを踏む様な足取りで立ち並んだ。その手には鷹山と同じく、黒い手帳と銃を持つ。
「はいはいはい、大人しくしてね〜」
邪魔くさげにちらりと横目を向ける鷹山には一瞥もくれず、大下はおどける様に明るい声色で言い放つ。
だが、その口調とは凡そ正反対の気配を相手の中に感じた鷹山は、僅かに眉根をひそめた。それはまるで、息を潜めて獲物に狙いを定める獰猛な虎…或いは、しなやかな豹。同じ獣を棲まわせるからこそ分かる、危険な気配だった。
「…何のつもりだ?」
「そう言うそっちこそ?」
「これは俺のヤマだ、もうずっと追ってるんだ…横から首突っ込むなよ」
「そりゃこっちのセリフ。勝手に人のシマに入り込んで、何言ってんだかさ」
前に視線を油断なく向けながら、彼等は立ち並びながらも同じく対峙する。
「…おい?」
「…何だよ?」
不意に二人は第六感の様に身を翻した。
鳴り響く銃声から各々に身を躍らせて、彼等は近くのコンテナを壁に滑り込む。
「避けろって言いたかっただけだ!」
「遅ぇってーのっ!」
鷹山が窺う様にちらりと顔を出した途端に向けられる数多くの銃口に素早く身を引けば、途端に銃弾の雨が彼の近くの壁や床に降り注ぐ。
「手伝ってやろうかっ?」
「余計なお世話だ!」
飛んでくる銃弾や跳弾を身を低くしてやり過ごしながら、二人は互いに向かって声をかける。
「けど、そうは言っても、このままじゃ、俺達二人とも…お陀仏だぜっ?」
銃撃の一瞬の隙を突いて大下が撃ち返すと、手前で構えていたチンピラがうめいて倒れる込む。
「どう?」
それは得意満面な声…鷹山は苦笑を浮かべる間もなく撃ちながら、渋々と言った感じに答えた。
「しょうがないから…手伝わせてやるよ」
「おーおー、言ってくれるじゃん?」
鷹山は構えた銃を連中に撃ちながらがなる様な騒音の中で尋ねた。
「名前は?」
「ああ?」
「名前!」
「…………じ!」
間近のコンテナ表面を弾く銃弾の音に掻き消される相手の声に、鷹山はもう一度問う。
「何?」
「だから……お……勇次!そっちは?」
「鷹や…と……」
益々激しく響く銃声に、大下はうんざりして言った。
「ああもう面倒くせぇ!行くぜ、タカ!」
「OK、ユージ!」
聞き取れた部分をコードネームの様に口にして、彼等は一気に叩き込む様に躍り出た。
身を翻すとコンテナに身を潜め、互いが互いを援護する様にしながら徐々に間合いを詰めていく…それはまるで、長年連れ添った"相棒"の息の合い方の様だった。
最悪の場所で最悪の状況なのに、自分の居場所を見つけた様な最高の居心地の良さに不思議に笑みが浮かんでしまう。命がけのヤバイ攻防戦の最中、正確な名前も容姿も分からないままだと言うのに、確かに彼等は"愉しい"と感じていた。
「槇田!」
怒鳴った鷹山と、隣に辿り着く大下が放つ銃弾―――槇田は苦々しげに顔をしかめ、息を呑んだ。たった一瞬の出来事は、槇田の銃を弾き飛ばし、その右肩を撃ち抜いた。

そこに佇む者は誰一人いない―――二人の男を残しては。
未だ倒れて撃たれた箇所を押さえながらうめき続ける者達の間を、銃を蹴り離しながら歩を進める二人はやがて目的の人物の前で立ち止まる。
「くそ…っ」
「相変わらず、ボキャブラリーが乏しいな?槇田」
悔しさと激痛に顔をしかめた槇田は、脂汗を浮かべながら二人の型破りな刑事を睨み上げた。
「だから言っただろう?いい子にしてろって…な」
そんな事を呟きながら、負傷した右肩の傷を押さえて血にまみれになった左手を掴み、鷹山は手錠を填める。カチリ、と冷たく乾いた音が事態の終焉を表していた。
遠くから次第に近付いてくるパトカーのサイレンが鳴り響く中で、大下は彼の後ろに立ったまま呟いた。
「貸しだぜ」
何が、と鷹山が問う前に、彼は軽く笑う様に息を吐き、踵を返す。
「そのヤマ、譲ってやる」
「……………」
目をやれば、後ろ手を軽く振った相手の姿。暫し眺めてから、鷹山は何とも言えない気分で彼が出ていくのを見送る。
やがて間近に急停車する数台もの車のブレーキ音が聞こえ、複数の足音が倉庫内に雪崩れ込んできた。「神奈川県警だ!」と威勢良く放たれる声も、今は単なる間抜けそのもの…カタの付いた現場をドタバタと荒らす連中から顔を背けて立ち上がる。
「また、おまえか!この、署轄の………」
威嚇する怒声を煙たげに聞き流して、鷹山は歩き始めた。
「待て!おまえは性懲りもなく…」
「槇田は任せます、県警の警部殿。俺の手錠は後で署に届けて頂ければ結構ですから」
「な………」
「じゃ、後はよろしく」
あまりの勝手な言い草に絶句する県警を尻目に、彼は颯爽と去って行く。
何故か手柄を快く譲ってやってもいい気がしたから、慌てる面々に手錠付きでプレゼント。それなら文句も言えまいと、ついでに後始末も押し付けた。
倉庫から出ると驚くほど明るい空を見上げ、いつものサングラスを手にして苦笑いを浮かべる。
―――柄じゃ、ないよな。
でも、いけ好かない連中の鼻は明かせたからそれで良い事にした。そして、彼にそう思わせたのは他でもない、あの名前も分からない即席の"相棒"なのだと気付く。
―――本当に…柄じゃないぜ。
薄く笑って、鷹山は再び歩き始めた。

 

END

 


2007/4/24 BLOG掲載

 

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