この闇が果てるまで、夜が終わるまで、私は歩き続ける。
無意味な感動と無価値な感傷、それらがいつの日か訪れるまで。

例えその先に絶望の淵が在ったとしても、例えこの両肩を押し潰そうと神が命を下しても。

私はこの場で待ち続ける。
追いやられて堕ちるしかなくなるまで。
私はこの場で待ち続ける。

やがて、運命の歯車が動き出す日まで。

 

THE BIG-O  ETC #1 "Still Waiting in the Night 2"

 

 271号。
 言葉ではない、意味のない、ただの数字。
 それはある日を境に与えられた、自分の名前だ。
 いや、名前とは呼べない、とてつもなく冷酷で無慈悲で簡潔な呼び名である。
 私はその名を与えられた日から、与えられた運命に従う義務を負った。
―――生れ落ちた瞬間から用意されていた、それはただの宿命。
 例えこの身が滅びようとも、夥しい血を流そうとも、それは変わらずに自分を縛り続けるであろう"真実"でもあった。
 この地に生れ落ちた者全てに科せられる、現実。
 夢見ることも暖かな家を求めることもない、死と使命にのみ生きる価値を見出さねばならない存在になること…我々はその為に生まれたのだから。

 覚えているのは、小さな頃からこの手に握らされていた武器の重さ。
 人を殺すことの出来るそれらは、まるで奪ってきた魂全てをその上に背負っているかのように感じるほど、幼い自分には重かった。
 だが、やがて人は成長する。
 今まで見上げるだけだったものがいつの間にか下に。
 重さに耐え切れなかった腕が逞しく変わり、そして軽々とそれらを扱えるように。
 それでも変わらないものがある。
 どこまでも続く空はいつまで経っても自分を見下ろし、訪れる闇はいつでも自分の無力さを感じさせた。
 ずっと、やがて夜が明けることを待ち望み、立ち尽くすことしか出来なかった。
 そして振り返ると、同じように夜に怯える天使がすぐ傍で自分に微笑んでいた。
 それが私を安らかせていた。

―――だから天使よ、その非情なほどに慈悲深い涙を流さないでおくれ。
 私は私の生まれた理由も生きる理由も悲観せず、歩き続ける決意をずっとしてきたのだから。
 今更、その決心を揺らがせるような真似をしないでおくれ。
 私は、長い長い夜を歩き続ける為の勇気を、与えて欲しいだけだ。

 

「私は何故、こうなったんだろうか?それとも、自ら望んだのだろうか?」
 その問いかけは残酷すぎるとでも言うように、エンジェルは押し黙ったまま下唇を噛んだ。微かに色付いた唇が少しだけ白く変わり、彼女の白い顔が更に蒼白に変わっていく。
「途切れ途切れの記憶では何も思い出せない…」
 小さな衣擦れの音を立てながら、白い白い包帯が寝台の上へと落ちていく。
 次第に露になっていく彼の姿はあまりに悲劇的で、目を覆うことすら忘れたエンジェルは呆然と佇んでいた。
「私は自分でこうなることを望んだのだろうか?」
 琥珀色の金髪が揺れ、左目を覆い隠す最後の包帯が解かれる。
「…やっと君の姿が見えたよ。でも…君は私を睨んでいる。憐れむのでもなく、蔑むのでもなく、理解できないものを見るように」
「私は…」
「構わないよ、きっと私は以前の私ではなくなっているのだろうから。鏡を見せてくれないか、エンジェル?」
「………」
 彼女はアランの頼みごとを拒否するようにその場から動かなかった。ぎゅっと両手を握り締め、眉根を顰めている。
「エンジェル」
 彼がもう一度その名を呼ぶと、彼女は緩慢な動作で姿見鏡の前から身を横へと動かした。
「…満足?」
 皮肉に近い問いかけを投げかけられて、アランはうっすらと笑った。
―――なんと滑稽な姿だろう。
 鏡に映った自分は、自らを憐憫するほどに変わり果てていた。だが、笑い出したくなるほど"素晴らしく"なっていた。
 死人のように色を失った肌は白く、無骨なほどに無様な無機質の腕がまだ癒え切っていない右肩の結合部分から不自然なほどに"当然"な様子で繋がれている。彼のその瞳は、光量とピントを調節するように小さな稼動音と共にその瞳孔を動かした…紅く煌く冷たい視線に身震いするほどの何かを覚えて、彼女は身をすくめる。
「アラン…?」
 不安がるようにエンジェルがそっと呼ぶ。
 そちらに目を転じたアランは、自分が笑っていたことに気付いてはっとした。
「私は…何故、こんなにも愉快な気分なんだろう?」
 人間であることをやめてしまったこの身体は、精神をも支配していくのだろうか…紅く染まった視界に、自分の見る世界の認識が支配されていくように。
「愉快?」
「ああ、死にたいくらいに愉快な気分だ。この仮面のような顔に笑みを貼り付けてしまいたいぐらいに、ね」
 自分が何故こうなったのか、その理由を思い出すことは出来ない。
 望んでなったのか、それとも望まれてなったのか…もしかしたら、初めからこうなる運命だったのかもしれない。だとしたら、理由など必要ないのかもしれない。
「私の天使、その慈悲深い心で私の疑問に答えてくれ」
「…アラン」
 皮肉のように彼が言うと、エンジェルは顔をしかめてその名を戒めるように呼ぶ。だが、アランは渇いた笑いを立てた。
「滑稽だな。実に愉快だ。何もかもが嘘のようだよ…そう、いつ果てるとも分からない悪夢だ。あの日、砂漠に倒れてから醒めない夢が私を取り巻いているんだ…」
 アランは言いながら、徐々にその声を震わせる。嗚咽を含んだ呟きが小さくなり、彼はうなだれる様に両腕をベッドの上に付いた。
「私は一体何の為に?一体誰が何の為に?どうしてこんなことになった?何故、私は"狂い始めて"いる?」
「アラン…!」
 エンジェルは駆け寄ると震える彼の肩を抱く。
「もう言わないで、大丈夫…貴方は狂ってなんかいない、私がそばにいるから…」
 アランは両目を閉じ、ふと顔を上げる。
 後ろから抱きしめてくるエンジェルの温もりを背中に感じ、まるで大きな翼で守られているような錯覚を覚えた。
「…エンジェル、私はまだもう少し…このままでいられるだろうか」
 まるで、その先にある絶望の深淵を知っているかのように、彼は呟いた。

 

 重圧はやがて、大義名分へと名を変えた。
 同胞の昔年の恨みを晴らし、その誇り高い名誉を守ること。そして、残された者たちを待ち望んだ時代へと導くことへと。
 数多の血が流れ、それが自分のものか相手のものかすら分からなくなるぐらいに、我々は命をかけていた。
 得られるものよりも失うものの方が多いのだと気づいた時、すでに戻れなくなっていた。
―――いや、初めからそんなものは無かった。
 この地に生まれた者全てに科せられる運命。
 定められた道を歩く義務。
 それが、我々の生きる意味であり、自らの価値なのだから。
 乾いた砂は何もかもをその下へと吸い込んでいく。赤い染みは風によって新たな砂で隠されていく。流砂が傷を消していく。
―――全てはユニオンのために。そして、ユニオンのもとに。
 それが、我々の現実。
 そして、信じるべき真実。
 己が決意した人生…例え、他の選択が出来なかったとしても。

 

To be Continue...

 


かつて、ユニオンの者とは思えぬほどに慈悲深い男がいた。
だが、彼はいつの日か変わっていった。
己の身に起きた皮肉な出来事だけが、彼を変えていったのだろうか…悦楽を貪る為だけに狂って行く精神は。
その傍らに佇む天使は、いつ果てるとも分からない狂気の渇望を、なす術も無くただ見詰めていた。

ってことで、アラン&エンジェル第2弾でした。笑。

 

2003/6/13 『THE BIG-O/Still Waiting in the Night 2/ETC』 by.きめら

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