最近、彼は時間の関係なのだろうか、私を名指しで呼ぶだけに留まることが多い。
といっても、大方の人間にとってはどうでもいいことだろうし、私がこうしてそんなことを考えているなんて思いもよらない出来事だろう。
それでも…やっぱり、シンプルすぎる呼び出し方は私の美学に反している。
それだけは、到底譲れない。

だが、それを彼は気付いてくれてはいないのである。
まったくもって腹立たしい限りだ。
…いや、それでも自分の選んだ道だ、後悔などしていない。
私は十分、彼を認めているのだし、そんな彼も私を時々誇り高く思って見つめてくる。
もちろん、私の中の謎について訝しげに顔をしかめながら眺めていることもあるが…それを差し引いても申し分ないパートナーと言えるだろう。

そう、先ほど私が思ったような不満を取り除けば。

 

THE BIG-O  ETC #1 "Big-O is melancholy"

 

「最近、ビッグオーの調子が悪いみたい」
「ん?」
 ロジャー・スミスは訝しげに、ドロシーを見下ろした。
「ノーマンがメンテナンスをしている時に手伝ったのだけれど」
「う〜ん…前に比べると、戦闘することが多くなった気がするしな…どこか疲労しているのかな?」
 もちろんそれは、金属疲労や関節の溶接部分などに対する"疲労"である…ロジャーはビッグオーの巨大な姿を見上げた。
 金網で覆われた自宅兼オフィスの3Fに、この黒い巨人の格納庫がある。ビッグオーはここに格納され、また、ここでノーマンによるメンテナンスや武器・火気類の補充を施される。
 つまり、このだだっ広い吹き抜けの部屋は、ビッグオー専用の私室とも言えるだろう。
―――そんなこと、ビッグオーには関係ないだろうがな。
 ドロシーはビッグオーを機械としてしか見ていないだろうロジャーを冷たく睨み、口を開いた。
「不満があるみたい」
「…は?」
 ロジャーの顔を見て、「ああ、これが目が点になるってことなのね」とドロシーは一人呟く…当の彼は、まさにそんな顔でドロシーのことを唖然としたまま見ていた。
「不満って…」
 しばらく意味が分からずに呆然としていたロジャーだったが、不意にいつもの顔に戻った。
 そして、わざとらしいほど呆れたような表情を浮かべ、自分を見つめているドロシーに言う。
「まあいい…百歩譲って、ビッグオーが不満を感じているとしよう。だが、一体なにに不満を感じていると言うんだ?」
「………」
 ドロシーは沈黙したままだった。
 ロジャーの小馬鹿にしたような言い草を聞いて腹を立てているのか、それとも理論的な返答をすることができないのか…その沈黙が何を意味するのか正確なところはロジャーに分からなかったが、彼は後者の憶測を選び取った。
「馬鹿馬鹿しい。じゃあ聞くが、ビッグオーが君にそう言ったって言うのか?」
「…そうよ」
「なんだって?君は…ビッグオーと会話したというのか?」
 さらにロジャーは、「信じられない」といった風にドロシーに言った。
「あなたと私が会話するように、ではないわ」
「じゃあ、どうやって?」
「…感じるの」
「………」
 一瞬だけ良からぬ想像を浮かべたロジャーは、その考えを無理やり振り払う仕草をしながら問いかけた。
「あ、ドロシー、意味が分からないのだが」
「今あなた、変なこと考えたでしょう?」
「…いや、別に」
「いいの、気にしないから」
 だから、考えてないって…とロジャーは言い訳を呟いたが、ドロシーはすでに視線をビッグオーの方に向けていた。
「何に不満を覚えているのかまでは分からない。でも、確かにビッグオーは思っているの」
「理由の分からない不満…ビッグオーがそれを…」
 同じようにビッグオーを見上げたロジャー。物言わぬ巨人はただ静かにそこに佇んでいる…
「って、やっぱり君の勘違いじゃないのか?」
「…信じないのね」
「信じる、信じないの問題以前だ。どうやったらそんなことを信じられるという?」
 あくまで機械を機械としてしか認識しようとしないロジャーにドロシーは言った。
「これはあなたの愛情が試される問題よ」
「あ、愛情って…」
 小さく咳をした後、ロジャーは体勢を直した。
「確かにアーキタイプは君のメモリーを読み取って、君を執拗に求めたけど…生物が"思った"り"考えた"りするのと機械は違うだろう?」
「それは私自身のことについても言ってるの?」
 振り向いたドロシーの、表情を見せない真っ直ぐな視線がロジャーを射抜く。
 彼は少しだけたじろぐ様に彼女を見つめた。
―――怒らせたのか?
「いや…別に君をどうのこうの言っている訳じゃない…」
「別にいいわ」
 ドロシーは再びビッグオーの方に視線を戻して言った。その様子にロジャーは安堵する…が、次の彼女の言葉に思わず(笑ったという意味ではなく)吹き出した。
「今はこんな痴話喧嘩より、ビッグオーのことよ」
「ち…痴話喧嘩って…どこをどうしたらそうなる…っていうより、どこでそんな言葉覚えたんだ」
「テレビ」
 ロジャーは深い溜息を吐いた。今度ノーマンに言っておこう…相当年齢より製造年数の若い彼女には、もっと身のある教育番組を見せることを。
 それより…と、ロジャーの思惑を断ち切るようにドロシーは言った。
「ビッグオーが少しばかり苛立ってるわ」
「は?」
「…くだらないイチャイチャを見せるために来たなら、出てってくれ。」
 ロジャーは息を呑んだ。
「ビッグオーが…本当にそんなことを…?イチャイチャしてるわけじゃないんだが
 振り向いたドロシーは「いいえ、適当にアフレコしただけ」と答えた。
「…あのな、ドロシー。もし君が私とただ単に遊びたいんならそう言ってくれ。こっちは真剣に聞こうと思い始めたんだから…」
 しかし、ロジャーの抗議の言葉は、その唐突の出来事によって遮られた。驚くロジャーの前で、大きな起動音が響く…部屋が軋むような、それが。
「ビ…ビッグオーが…」
 掠れた声が指し示すように、黒い巨人は搭乗者であるロジャーを得なくともその巨大な四肢を動かし始めていた。
「そんな…」
 信じられないものでも見るようにロジャーが呟く…その視線は、ビッグオーの出た次の行動を差していた。
「ビッグオーがいじけてる!!」
 二人に背を向けてかがみこむビッグオー…その姿に哀愁を感じるのはなにもロジャーだけではないだろう。街中でこんな姿を見たら、住人はもちろん、悪党も腰を抜かすに違いない。
 二人の会話を振り払うように頭を抱えている。
「一体何が不満なんだ!?っていうか、そもそも不満なんか持ってるのか!?いや…たぶん、不満があるからいじけてるんだ。ん?いじけてるのか、本当に…?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃない」
 ドロシーの冷めた声が響いた。

 

 結局私の不満は彼には伝わらなかった。
 ドロシーは優秀なアンドロイドだが、私の心の中の不満には気付いても、その理由までは探し出せなかったようだ。
 もっとも、私の方が語らなかったのだが。
 第一、後から来てさも自分がパートナーですって顔しているのが気に入らないっちゃー気に入らない。
 だって、私の不満の発端は彼女が来てから起きたことなのだから。
 別に図体のでかい私がロジャーの隣に居たいなんて思っているわけではない…思うだけ損だ。
 だから甘んじて、彼女が彼の隣に「本当のパートナーです」って居座ってることにも納得している。

 そう…それだけ私が譲歩しているのに、ロジャーの態度は酷いと思う。
「ビッグオー!」
 それだけ。
 腕時計に言うのはそれだけ。
 前はビッグオー、ショウタ〜イム!ってなことまで言って、さあ出番だぞと意気込ませていたのに、最近ではアクション!も言わないことがある。
 その割には、ドロシーがちょっとばかり危ない目にあっただけで「彼女にさわるな〜!」とか言って突進してくのに。
 昔馴染みのR・インストルには、アンドロイドに接するとは言えないような友好的な態度を取ってるし…まあ、彼のことについては別になんとも思わないが。
 なのに、私が敵弾に当たったり、超音波でネジが吹っ飛ばされそうになったりしても、何の心配もしてくれない。
 後で整備させれば大丈夫かなあ、ぐらいにしか思っていないんだろう。
 私が戦いの合間のアンニュイに浸っている時に、目の前で夫婦漫才もかくやというような会話を見せられて、苛々しないわけがない。
 本当に、デリカシーというのが欠けているに違いない。

 でも、時々私を物憂げに見上げて、なにか真実を探ろうとするような目をする…そして、私を誇るような目で見ることもある。
 気色悪い下品なアーキタイプの時なんか、「ビッグオー、アレはおまえの仲間なんかでもないぞ。遠慮することはない」なんて言ってくれた。
 ちょっぴし嬉しかったのは本当のこと…でも、ドロシーの次なのにかわりはない。

 優しくて残酷な人…ロジャー・スミス。でも、私はそれでもあなたを選んだ。
 あなたも私を選んだ…例え無自覚であっても。
 だからもう少しだけ、私のことも考えて欲しい、ただそれだけ。
 せめて、私を戦いの場に呼び出す時は、道具でも兵器でもない、"私自身"を呼んで欲しい。
 まだあなたと二人で戦っていた時のように…

 

おまけ

「で、どんなテレビを見たんだ?」
 ロジャーの問いかけに、ドロシーは迷いもなく答えた。
「お昼のメロドラよ」
 それがどうかした?とでもいう風に見つめた先には、頭を抱えたロジャーが「やっぱり番組を選ぶべきだ…」と呟いた。

―――結局、ロジャーはドロシーの方を気にかけるのか。
 ビッグオーは誰にも聞こえない大きな溜息を吐いた。

 

 


みんなメチャクチャな性格になってしまった…(笑)
って言うか、いいのかそれでビッグオー!
おまえ…結構いじらしいな…<アナタが書いたんです

意味のないギャグモノって絶対一度は書きたくなるんです。
本当は漫画に起こした方がテンポ的にもいいんだとは思うのですが…全ページ通してビッグオーの絵を描く自信がありませんでした。笑。
まだまだ物真似練習中です。
っていうか、私の描くR/Dのドロシーもそうですが、ロジャー邸にいる機械類、調子悪くなりすぎ(笑)
ひとえにあのエセ紳士が悪いに違いない<だから、アナタが書いてるんです

あ、ノーマン出すのを忘れた!!爆。

2003/3/6 『THE BIG-O/Big-O is melancholy/ETC』 by.きめら

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送