翼をください
貴女の背にあるその翼を

この街から遠く臨む場所へ
何もかもを脱ぎ捨てて
どこまでも飛び続けられる力が欲しい

赤く赤く染まった大地に朽ちる
あの悪夢を切り捨てて
飛んでいける力が欲しい

 

THE BIG-O  ETC #3 "Give me Your Wings"

 

 悠久の時を告げる時計台の針が熔ける音。

 透明な窓硝子が弾ける音。

 重みに屈して砕ける石畳の音。

 音、音、音。

 赤い赤い炎が僕らを包んでいる。

 僕はそれを空から見下ろし、全てが音もなく消えていくのを感じていた。

 

 

 はっとしたようにシュバルツは空を見上げた。
 吹き荒ぶ荒野の砂埃に視界は遮られ、惜しくも地上を残虐なほどに照り付ける太陽のその姿を臨む事は出来なかった。
―――だが、それは確かにそこにある。
 重たげに天空を覆う分厚い雲間に、その寛大とも冷酷ともいえる光をそれは覗かせるのだ…いつだって。例え全てが偽りの造刻であったとしても。
 シュバルツはそれからまた何事もなかったかのように、足元を掬う砂を踏み締めた。
 さらさらと音を立てて崩れてゆく砂の山は、何年も、何十年も…いや、何百年単位の間、風が作り上げた一時限りの芸術品である。
 風紋を崩すように続く足跡を自ら振り返ると、自分の取っている行動がいかにちっぽけで、そしてまた、恐ろしく傲慢であるかが分かるかのようだった。
―――私はまったく無意味な行為を犯しているのだろうか?
 無限に広がる虚無の世界にとって人間とは、この多数の砂粒と同じく無価値な存在なのだろうか。
 そして、その砂粒がいかに寄り集まろうと、一陣の風は無情にも吹き荒び、あらゆる形へと変えていく…この、足元にある自分が打ち壊してきた風紋と同じく。
―――いや、知ることを恐れるな。真実とは、常にそこにある。
 不条理な感情に支配され、そこから逃避するのが人間である。だが、それだけの安穏とした虚偽の生活を続けることに何の意味があるだろう。
 知ることへの恐れ…恐れを知ることへの慄き。それを忘れた人間に何の意味があるだろう。
 過去の皮肉な残骸が砂の合間から顔を覗かせ、ある種の幻惑を生み出すかのようである。
 それらは、失われた記憶をちらつかせながら我々を引き込もうとする、悪質な捕食者のようでもある。
―――恐れるな、真実とは眼に見える全てを指すのではない。
 メモリー。
 人が追い求めてやまぬ、夢。
 そして、それは常にここにあり、眼に見えぬ形で存在し続けている。
―――メモリーとは、なんなのであろうか。
 風は古の龍の嘶きの如く鳴り響き、地表を洗う砂礫は獣の猛進のようにすら感じられる。
 遥か上空から舞い降りる光は天の嘆きであり、そしてまた神の啓示とも言えた。
―――我々は無慈悲な運命に翻弄されるだけの、脆弱な存在なのだろうか。
 そしてまた、我々が求めてやまないそれすらも、悪戯な女神が与えた幻想に過ぎないのだろうか。

 

 40年前のある日を境にそれ以前の記憶を失った街、それがパラダイム・シティ。
 しかし、それでも人間というのものは何とかしていくものだ。
 どうすれば機械が動き、電気が得られるのかさえ判れば、過去の歴史などなくとも文化とやらは装える。
 記憶を失って哀しんでいるのは、この街の老人だけだ。
 過去に何が在ったのか、そして何が無かったのか、それすらも気にせずに生活だとて出来る。
 いや、そう努力してきたのだ。 
―――無意味な創造と規律によって支配された、虚言の街は。
 其処に眠る真実を暴くことも、見定めるだけの勇気を持つこともせず、人は生きている。
―――だが、忘れるな。

 時としてメモリーは、悪夢のように現れる時があるのだと。

 シュバルツは四肢を蝕むように入り込んでくる極小の侵入者…琥珀色に煌く砂…を払うことすらせず、眼前の雄大且つ不毛な大地を眩しげに眺めた。
 かつて此処には何かがあった。そして、何かが起きた。
 真実…それがどのような形を装っているのか、また、その形を装うことにどのような意味があるのか、気にした者は今だかつて居ない。
 それがいかにおぞましくも愚かしい現状であるか、気づく者も居ない。
「隔たれた人々よ、その手に永劫の憎悪を抱きながら歩み続ける者達よ。自身の求める何かが"真実"であると認めるのだ。自分が何に渇望し、熱狂し、そして恐れを抱くのかを」
―――目覚めよ、真実に心奪われる者達よ。その自身の熱望する何かが、真実であると。
 彷徨える魂の如く漂い続ける自我を、今こそ目覚めさせるのだ。
「世界とは、無限に繰り広げられる喜劇の舞台でしかない。そして、其処に存在し続けることに意義を見出せない者たちは、装うことだけが可能なる術なのだ。だが、愚かなる者達よ、それにどれほどの価値があるというのだ。自身が自身であるという確証も得ないまま流され続けることに、どれほどの意味があるというのだ」
 私は真実が知りたい。
 真実とは一体何なのか、何を指すのか、そしてそれを得た事によって何を知りえるのか。
「私は、この世界が葬った真実を知りたいのだ」

 

「ビッグ。大いなる力の源であり、その象徴。神の代行者…それが真実でありえるのだろうか」
―――この"黒い森"の小さな呟きは、やがて世界を震撼させるほどの真実となりえるのか。それとも、単なる大法螺吹きに終わるのだろうか。
 シュバルツは己の忌わしき呪われた身体を覆う包帯を風になびかせながら、それらがまるで生きた蛇のように自分に纏わりついているかのような錯覚を覚える。
「そう、それこそが真実。厭うこともまた、真のメモリーなのだ」
―――メモリーとは呼び名が違うだけで、同じものを指しているのだから。
 眼に見えぬ不確かなもの。
 手にすることの出来る微かなもの。
 そして、決して仕舞い込む事など出来もしないもの…それがメモリー。
「記憶とは、感情とは、全て我々の中にあって、そして失われたものなのだ」
 蛇はやがて全てを飲み込もうとし、その力を地上へと広げるだろう。
 忌わしき蛇はここよりも深き所に投げ落とされ、己の呪縛と共に眠りについた。やがて時が満ち、悠久の眠りから醒めた時、己の憎悪する全てを再び暗黒へと突き落とさんが為に。
「偉大なる王たちよ、その呪われた記憶の中で朽ちていく、滑稽な悲劇の主人公たちよ。おまえたちは我々の手が届かぬところにある真実を知りえるのか」
 いや…と区切り、シュバルツは言葉を続けた。
「おまえたちにこそ、真実がありえるのか」
 錆び付いた鋼鉄の塊でしかないその存在が時代の影を切り取るが如く彷徨い始めた時こそが、隠された真実が動き出す瞬間なのだろうか。
―――私は真実に最も近い存在、そう思うことすら高慢であるとおまえは言うのか。
「神の名を得た、冷酷な影たちよ」
―――人が欲してやまぬそれを、無機質な四肢でもがく様におまえたちも求めるのか。
「メモリーを失ったまま彷徨い続ける我々と同じように」
―――おまえたちもメモリーを求めて彷徨うのか。

 

 

 泣いているのは私が切り裂く風か、それとも風に裂かれる私か。
 突き抜ける慟哭が全てを揺るがし、咆哮のように走り抜けていく。
 私の内に眠る真実が消滅することさえ、在り得るのだとでも言うように。
 だが…それは可能性ではなかった。
 私は失ったメモリーを、空になったそれを、今だ抱き続ける冷たい墓標でしかない。

 私を呼び続ける何かが、この手に余るほどの必然性を押し付けてくる。
 私は逃げたい。
 この重く圧し掛かる皮肉な音の羅列、雑音、不協なる乱列から逃れたい。
 だが、それはいつまで経っても消し去ることの出来ない悪夢でもあった。

 

 

 

 

 空を覆う大群の影。

 地上を覆う大群の影。

 全てを無に帰せる影。

 影、影、影。

 赤い赤い記憶を行軍する。

 僕は此処からそれを見詰め、全てが紅蓮に染まっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 シュバルツは息を呑んだ。
 まるで啓示を受けて海を渡った古の偉人の如く、両肩に運命の皮肉を覚えながら。
 そして、其れこそが追い求めた答えだったかのように恍惚としながら…目の前に埋もれる巨大な鋼鉄の墓標、失われたメモリーの残骸を見詰めていた。
 シュバルツは湧き上がる不思議な感情に自身が動き出すのを、確かに感じた。 
失われた過去よりも、もっと古から存在するであろう誠の"真実"を手にしたかのように。
―――風が嘆くのは過去の悲劇か、それとも訪れる悲劇か…
「いや、違う。愚かな風よ、その嘆きの歌を今直ぐやめるがいい。そして歓喜に打ち震え、真実を褒め称えよ」
 高く上げられた両手をかざしたまま、シュバルツは老いたる荒野の風を揶揄した。
「古の呪われし時に留まり続ける、愚かな風よ。おまえの盲目な術はやがて終焉を迎えるであろう」
―――真実を手にした、新たな世界が誕生する時に。

「偉大なる古の神々よ、其処に眠る力が"神"であると言うならば、それが真実であることを証明せよ。
 されば、おまえの中の真実を、私は受け容れよう」

 

「口にするも恐ろしき、偉大なる遺産たちよ。
 おまえの中の真実を今、私は余す所なく探求しよう。
 知ることこそ私に課せられた使命、そしてそれこそが私の存在する理由。
 私は知る為に此処に在る」

「紅い巨人よ。おまえは私に応えるか」

―――おまえが私に応えるように。

 

 偽りの空と偽りの大地に阻まれた、無情な鎖を背負う者たちよ。
 それが幾重にも繰り返された罪の贖罪だと言うのならば、なんとおぞましい咎だろうか。
 この両腕がもがれ、地に投げ落とされた我を、龍の顎の如く喰わんとするならば。

 真実に近い者よ。
 我、汝に力を貸さん。
 この誘いに応えるならば、真実に近い者よ、その手に神の力を与えん。
 永劫の煉獄に見舞われた我を嘆いてくれるのならば、汝に真実を見せたもう。

―――この赤い悪夢の終幕を引くために。

 

 やがて深き所から二つの顔を持つ神が降臨し、夜の闇の如く暗き、そして日の光の如く眩い、それらを齎すであろう。
 罪を忘れた罪深き者たちの上に、それらを与えるだろう。
 この、赤く染まり行く両腕に圧し掛かる記憶と共に。
 此れが真実。
 慈悲深き神の与えたもうた無慈悲な真実。
 寛大なる残酷な真実。

 無情に広がる空へと響く歌声は、全てを断罪する御使いの聖歌に等しきもの也。

 

「真実を求めることが罪悪であるというならば、私は神によって裁かれる罪人であろう。
 永久に操られる、忌わしき囚人であろう。
 見えざるものに支配される、盲目な愚者であろう。
 そして、私は尚も求める。
 私の中で私が最も渇望するそれを得る為に、私は幾度でも生まれ変わろう。
 おまえが神ではなく、まして機械でもなく、紅い悪魔であったとしても」

 

 全てに愚かな者よ。
 我は求めん。
 我が四肢を絡めとる数多の鎖を千切るように、この内にある虚無を埋める為に、我は求めん。
 我と我の示す真実を得る為に。

 

 翼をください。
 貴女のその背にある翼を、真実を求める力を、私にください。

 この街から遠く臨む場所へ、何もかもを脱ぎ捨ててどこまでも飛び続けられる力を。
 赤く赤く染まった大地に朽ちるあの悪夢を切り捨てて、飛んでいける力を。
 繰り返される悲劇を見ずに済む場所へ。

 取り払うことの出来ない紅い咎を、白い翼に変えてください。

 

「失われた過去に何があったのか、そして其れがどれほどの意味を持ちえるのか…おまえはそれを私に与えると言うのか」
 シュバルツは綻びた包帯に覆われた手で、そっと冷え切った冷たい身体に触れる。
 今だ物静かに其処に眠る巨大な遺物は、それでも寒気がするほどの美しい真紅に煌いていた。
 やがて訪れるであろう最後の審判…その名の持つ意味すら失われた現在…を迎える為に。

 

―――汝、今一度我を呼ばん。されば我、汝が求めに応えん。

 

END

 

 


ビッグ・デュオとシュバルツでした。
なんつーかな…ビッグの中じゃあ、一番ワガママだった気がします。
乗り手もシュバルツからアランに代わるし、その両騎手の言うことも聞かないし。
もしかしたら一番自我が強いビッグなのかも…って、そもそも自我があるのかい?
まあ、今となっては、あるとしかいいようがないけど。
下手したら、巷のおねえちゃんたちよりタチが悪いかもなあ(笑)

その中で、ビッグオーは一番大人しいように思います。
ロジャーさんの言うことを比較的聞くし、時々「もう嫌なの!」と駄々をこねる時もありますが(爆)
それってやっぱり、自分のドミナスはロジャーなんだ!と認めてるってことなんでしょうね。
なんて可愛いんだ、ビッグオー…よく出来た古女房みたいだ<違う、絶対違う。

クドイ言葉回しとシリアスな雰囲気を書いて、ちょっとばかり壊れたようです、私。笑。
でも真面目な後書きも書かないとな…
真実を求める者シュバルツ、そして彼が出会ったビッグ…紅い巨人デュオ。
相互の意思疎通が出来るとは思ってもいませんが、人の勝手な願望と、それに言葉無き言葉で応えるアマデウスって関係はありえるように思います。
それはそれで、アマデウスにとっては悲しき現実なんでしょうけれど。
不思議なことに、アマデウスは意思があるようです。
「ビッグオー」の中でメモリーという言葉が指すのは、記憶のことだけではないようで…
人間の記憶以外にも、記録、感情、そして"心"を指すこともあるみたいです。
ドロシーは古のアマデウスに「私はあなたのメモリーにはなれない」とか、襲撃された際に操られたロボットたちを「機械の心を持たない」とかもいってます。
果たして機械に心があるのか…?と言う疑問もありますが、正規のプログラムが消された状態…つまり単独で行動する能力を持たない、"ただの道具"になってる状態を指しているのでは。
上手く言えませんが、普段私たちが何気なく使っているただの物と同じ状態で行動させられている状態。
う〜ん、余計に判りにくいな。

普通、機械は心を持たないと私たちは思っている。当たり前ですけど。
でも、アマデウスはそうではない。特に古のアマデウスたちは自分が失ったメモリーを求めて、彷徨い続けている。
それは自身がかつて得ていた主なのかもしれないし、単なる記憶媒体なのかもしれないし、基本起動のプログラムかもしれない。何なのか判らない。
もしかしたら機械の"心"なのか…不思議なことは、其れを追い求める欲求を持っているという点。
だからこそ機械にも"感情"があり、"心"があり、"メモリー"があると言うのか…それが「ビッグオー」の世界観なのかもしれません。
ああ、よく判らん。
でも、アマデウスには他の機械には無い自我あって、それによって主を自ら決めたり、行動したりしてるんじゃないかと思えるストーリーがあります。あ、アンドロイドも同じか。

そこで、先にも書きましたが、一番「ワガママなビッグデュオ」って何を思って目覚めたんだろう?と思って、このショートを書きました。
こう考えると、意外とデュオも可愛いもんです(腐)
一番最初の登場で、頭が吹っ飛ばされても動いてるデュオ。
何かを求めるように最期、手を差し伸べる…なんか、すごく哀れで。こいつ嫌いじゃないなという感想を持ったのを覚えてます。
そして、真実を求めて自分を目覚めさせたシュバルツは真の主ではない、そう主張しているかのようにも見えました。…この時のシュバルツも好き。
アーキタイプの時も「何故だ…!?」みたいなことを叫んでて、まるで自分が信じた"真実に裏切られた"とでもいう様で。
そのどこまでも盲目な真っ直ぐさ(方法はあらゆる意味で間違ってる気がするけど)がイイ。
果たしては彼は真実を手にすることが出来たのか、それとも偽りの中に囚われたままなのか…最終話を見ても良くわかりません。笑。

ではでは、何のまとまりもない後書きでした。
しかも、内容もよくわからんショート・ストーリーでした<そりゃ、ダメだろう

 

2003/6/20 『THE BIG-O/Give me Your Wings/ETC』 by.きめら

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