創られた過去、刷り込まれた私。
手探りで見つけた真実。
そして、嘘。
でも、今こうして私は存在する。
私の目の前に居る、貴方と同じように。

 

THE BIG-O Roger/Angel #2 "Kiss in darkness" 

 

 憂鬱な空をちらりと見上げ、彼は小さく顔をしかめた。
 その理由なら知ってる…いえ、理解することが出来る。
 視線を私に戻した彼の顔を見つめ、私はいつものように微笑んだ。
「どうしたの、ロジャー・スミス?」
 案の定、彼は再び苦い顔をして私を睨む。さも、私が全て悪いかのように。
 パラダイムの上流階級ばかりが目に付くレストラン前で、私たちは落ち合った。私も彼も、好き好んでこの場所に来たわけではない…『パラダイム社の人間』が『依頼を頼む相手』を招待するのに都合がいい、というだけのこと。
 私は先に歩き、彼は渋々といった感じについて来る。ドアマンがドアを開こうと動いた時、私はその前に立って彼が横に並ぶのを待った。
「この一流店がお気に召さないようね?今すぐにでも帰りたいのかしら」
「いいや、ミス・ラブジョイ」
 彼は初めて、私の"新しい名前"を口にした。
 そして、いつものからかうような笑みを口元に浮かべて言った。
「女性の誘いを無下にするようでは紳士として失格だからね。気に入ったか気に入らないかは問題にすべきじゃない」
 嫌味を含んだ言葉を聞いて、私は微笑んだ。
 相変わらずね、と言いながら私は彼の腕に自分の腕を絡める。
 少しだけ驚いたように彼は私を見つめたが、すぐに表情を引っ込めると私をエスコートするように店内へと進んだ。

 

 私たちは決して相容れることはない。
 何かを目指している…その何かが同じであっても、方法も目的も違う。
 そして、彼はまだ模索を始めたばかり。
 私は手段のために、彼に近付いた。
 そう…その為だけに出会ったといっても間違いじゃない。

 

 彼は少しだけ驚いたように私を見る。
 私は当たり前のように笑みを浮かべたまま彼を見やる。
 テーブルに置いたグラスを持つ彼の手に自分の手をそっと重ね、彼がそれを拒絶しないことを確認しながら私は言った。
「貴方は最低な男だけど、それ以上に興味深い男だわ」
「けなされている、と判断していいのかな?」
「どちらでも」
「前者は言われ慣れている…が、"興味深い"と言われるのは初めてだ。私の何処に興味を?」
 からかうように彼は問いかけてくる。
 私は答えず、小さく笑みを浮かべた…私の不可解な行動に、貴方はいつものように怪訝な眼差しを向けてくるだろう。
「教えてはもらえないようだな」
「その通りよ、ロジャー」 
 私は彼を真っ直ぐに見つめた。
「ヒントはあげる。でも、答えはあげない」
 彼は考える風に口を閉じ、一呼吸後に言った。
「それは"交渉次第"で変わることも?」
「そうね…それも悪くないわ」
 私がそう言うと、彼は応えるように笑みを浮かべた。

 

 強がりをいう。少し、嘘もいい。
 どうせ気まぐれでしかない、二人だけの"交渉"だから。
 けしかけたのは私。
 応えたのは貴方。
 感傷も同情も要らない。
 駆け引きの合間の危険なゲームでしかない。
 その行く先が何処なのか分かるのは、神様だけ、だけど。
 貴方が予想する答えは一体どんなもの?
 でも、その答えが一体どれほど私の答えに程遠いものかなんて思いもしないでしょうね。
 私が用意したレールなど、貴方はいつでも脱け出してしまうのだから。

 

 星も見えない夜空の下に、私たちは出た。
 闇に溶け込んでしまいそうなグリフォンの車体を眺め、彼が助手席のドアを開けるのを待っている。
「どこまで送ればいいんだ?」
―――子供っぽい問いかけ…それとも、女性に対する建前上の礼儀なのかしら?
 含みを持たせたように私は彼を見つめ、次にどうするのかを見守った。
 ドアが開かれる。私は彼の傍らから車内へと身を移し、閉められる前に彼を見上げて「ありがとう」と言った。
「どうしたしまして、ミス」

 

 流れる町並みを見つめながら、私は行く先を告げずにいた。
「夜のドライブがしたいわ」
 そんな我が儘を言うほど、可愛い女にはなれない。でも、私はそれを装うことは出来る。
 ハンドルを握る彼の横顔を見つめながら、私は得も知れない不思議な感覚を覚えていた。
 時折、怪訝そうな…伺うような視線を向けてくる以外、彼は前方だけをずっと眺めている。
「なにを考えている?」と、すぐにでも問いかけてきそうなのに、彼は何も言わない。だから、私も何も言わずにいる。
 苦しくはない。苦しくなるような何かを心に抱えているわけではないから。
 寂しくはない。寂しさを感じるような心は捨ててしまったから。
 悲しくはない。悲しみは見えない様に心の奥底に隠し込んでいるから。
 対向車も殆ど居ない、ドームを繋ぐいくつかのトンネルを越えて、グリフォンは走った…憂鬱でも陽気でもない夜のドライブのために。
「何処まで行きたい?」
 不意に彼は尋ねてきた。
 私は彼を見やったが、彼の方は相変わらずの様子で前だけを見ている。
「貴方は何処まで行きたい?それとも引き返したい?」
 私も視線を前に転じて、静かに尋ね返す。
 彼は徐々に速度を落とし、道端に車を停めた。街は夜の静けさに包まれている。
「何故そんなことを私に聞く?」
 君の我が儘に付き合ってやっているんだ、とでも言いたげに彼は私を見つめる。
 答えない私を見て、彼は顔を逸らした。
「なんとなく、聞いてみたかっただけよ」
 私がやっとそう言うと、彼は僅かに顔をしかめた。それから、「君の言っていることは、本当にドライブのことだけか?」と唸るような低い声で言う。
「さすが、パラダイム一のネゴシエイターね。相手の考えを読むこともできるのね」
 茶化すように、はぐらかすように私が言うと、彼は苛ついたように溜息を吐いた。
「君と"交渉"することは、無理なようだ」
「あら、どうして?」
 彼は私の方を振り向いた。
「君とゲームをすることに、意味があるか?」
「意味がないと言いたいの。寂しいことね、ロジャー・スミス。人生を楽しむ術を自ら捨てるなんて」
「君が本気でこのゲームを楽しんでいるのなら、私の考えもまた別のものだったろう」
「私が楽しんでいるか、楽しんでないか、分かるの?」
「少なくとも、このドライブには不服なようだ」
 私は思わず噴出した。
 彼が怪訝そうな、怒ったような顔をして自分を睨んでいるが、私は笑い声を立てた。
「その答えは、もっと後でも出せるものだわ。そうでしょう、ロジャー・スミス?」
「このまま続けても、私は構わないが…何かが変わると言う保障はどこにもない」
「変わらない、と言う保障もないわ」
 私が言うと、彼はやっと笑みを浮かべた。
「…確かに」
 そして、再びグリフォンは走り出した。

 

 白々しいまでに繰り返される、虚偽の言葉遊び。
 その行く先が何処なのか、二人とも分かりきっているのに。
 臆病な最低の男。
 嘘吐きな最悪の私。
 私がはぐらかす度に、貴方は傷ついたような顔をするけど。
 貴方がはぐらかす度に、私は傷ついたような気分になる。

 

 他愛もないことを時々言いながら、私たちはドライブを続けた。郊外を回って、それから今は再びパラダイムシティの中心近くに向かっている。
 不意に会話が途切れた時、しばらく経ってから彼は呟くように言った。
「…何処へ行くのかも分からないし、引き返すことが出来るのかも分からない」
「…ロジャー」
―――それが、貴方の答え?
 君の答えは?と言う風に、ちらりと彼は私を見やった。
 夜間でも車の通りが比較的ある交差点で、グリフォンが停まる。赤灯がやたらと明るく見えた。
 私はそっと身体を彼の方に寄せ、気付いて振り返った彼に口付けた。
「…それが君の答えか?」
 青に切り替わった信号を見て、彼は車を発進させる。
 私は彼の問いかけに、そっと微笑を浮かべたまま「どうかしらね」と嘯いた。
 私は視線を落としたまま口を噤んだが、そっと自分の耳に手をやる。そしてピアスを外して、フロントガラスの前に置く。
「エンジェル?」
 答えを促すようでもあり、私の行動に対して尋ねるようにも聞こえる声で、彼は言った。
「お酒のせいかしら…ちょっと耳が熱いだけよ」
 はぐらかすように言って、私は微笑む。
 彼はまだ訝しげに顔をしかめていたが、何も言わずに車を走らせた。
「私はいくつもの答えを用意しているのよ」
―――貴方の答えに沿うような用意を。
「じゃあ、今のはいくつめの候補に上がっていた"答え"なのかな?」
「貴方が決めていいわ」
「…………」
 彼はまた怪訝そうに、私を見やった。
「判断付きかねる」
 困ったように言う彼を見て、私もまた笑った。
「そうね…教えてあげてもいいけど、ずっと悩ませている方が楽しそうだわ」
 私がそう言うと、彼は「君は本当に、とんだ堕天使だな」と皮肉った。

 

 私は手段のために貴方に近付いた。
 貴方もそれを分かっていて、私を見つめている。
 偽りで塗り込められた過去を抱える、嘘吐きな私を。

―――だけど、最初のキスで恋なんて思わないでね。

 でも、今度のキスはもう洒落たジョークにならない。
 もう一度口付たら、きっと帰る道を見失ってしまう。
 濡れた吐息も、運命も、絡まり始める…そう分かっているから。

 

 私はパラダイム社の近くで彼の車から降りた。
 車内から私を見つめる彼の視線を受けながら、私は何も言わなかった。
「エンジェル」
 彼の声が私を呼ぶ。
「なに?」
 問いかけると、彼は言った。
「君が持つ、残りの答えを…いつか聞ける日がくるだろうか?」
 私は少しだけ返答に困って口を噤んだが、彼の真面目ともふざけているのだとも思える表情を眺めて微笑んだ。
「貴方次第よ、ミスター・ネゴシエイター」
 ドアを閉めて身体を車体から遠ざける。
 彼は小さく私に手を振り、車を発進させた。

 

END

 


今回はエンジェル姐さん視点で、ロジャー/エンジェル第2弾です。
『暗闇でキスを』は、行き先不明なお互いの心のことも示しています。

やっぱり難しい…大人な会話とやらを書いてみたいのですが(雰囲気は殆ど恋愛映画から影響されていると思ってください…いえ、本当に・笑)、そうするとロジャーがロジャーじゃなくなるんです。。。
どこかで彼はもっと子供っぽいような、そんな感じがするので。だもんで、妥協点を突いて、紳士とエセ紳士(笑)の間ぐらいをとってみました。

この話ではキス止まり。しかも、想像するにわりと素っ気無いような…読み手それぞれのイメージで濃くてもいいですが<爆
この二人の場合、思わせぶりなところで断ち切るぐらいが楽しいみたいです、私。
会話の駆け引きみたいなものが好きなので…もうちょっと上手くなるように修行してきます。うう。

 

2003/3/20 『THE BIG-O/Kiss in darkness/ROGER&ANGEL』 by.きめら

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