私はドロシー・ウェインライト。
Rはロボットの意味。
お父様が死んだ娘の代わりに創ったアンドロイドに過ぎない。
でも、私は…本当にただの人形でしかないのだろうか。
人に似せられた、人ではない物。
ある人は私を芸術品と呼ぶが、私は生命の無いただの器。
無機質な身体には何も宿っていない。
でも…優しくて残酷なあなたの言葉は、いつだって私を傷つける。
痛みなど感じるはずのない私の心が、割れた硝子のように研ぎ澄まされていく。

私は、R・ドロシー・ウェインライト。
これは、偽りの命をもらった人形の見る夢。

 

THE BIG-O  Roger/Dorothy #1 "Doll's Dream"

 

「R.ドロシー・ウェインライト!」
 いつものようにロジャー・スミスの怒号が居間に響く。
 ドロシーは鍵盤を叩く手はそのままに、顔だけをドアの方に振り向かせた。
「おはよう、ロジャー」
「"おはよう"じゃない!」
 寝癖がまだ取れていないまま、彼はガウン姿で部屋の中へ入ってくる。そして、苛立ちに満ちた顔をしたまま額に手を当てた。
「何度言えば分かるんだ」
「こうするって決めたの。何度も言ったわ」
 深い溜息…ロジャーは呆れたようにアンドロイドを見つめ、それから根負けしたかのように部屋を出て行った。
 不規則ともいえる生活リズムを送るここの主は、自らの決めた勝手な規則を押し付けてきた。もちろん、通常とは違う仕事を行っているこの男のもとに身を寄せることで、自分の生活が変わることは端から分かっていた。ただ、少しばかりこの男は独断的すぎる衒いがある…それを非難するつもりは毛頭無かったが。
 曲を弾き終え、彼女は静かにピアノのカバーを下ろすと席を立った。

 昨夜、戻ってきたロジャーの傍に立ったドロシーは、自分では理解できない思考を抱えていた。感情と言うプログラムは人間のそれとは異なっている…人間らしく振舞う術は持っていても、決して同じではないのだ。だからこそ、自分の中に芽生えた新しい反応に戸惑っていた。
「お帰りなさいませ、ロジャー様」
 ノーマンはいつものように彼の脱いだ上着を受け取り、ハンガーにかけている。
 ドロシーは変わらぬ無表情で冷たい眼差しをしていたが、物言わぬ少女の姿にロジャーは幾分かの疑問を抱いた。
「どうした、ドロシー?」
―――時々、私はあなたが分からなくなる。
 ロジャーはドロシーを理解しているとは言い難かった。もちろん、死んだウェインライト博士も完全に把握していたとは言えないだろう…それなのに、彼は時としてこの無表情なアンドロイドの少女の様子を鋭く見抜くのである。
 自分を「R・ドロシー」と呼び、アンドロイドであることを嫌となるほど知らしめる冷たい声。それでも、彼は彼女を気遣うような言葉を紡ぐ。
 どちらが本当の彼なのか、ドロシーには判断付かなかった…ただ、優しさをかけられることに小さな喜びだけは覚えていた。これも人間の感情とは異なる、人間らしく作られたプログラムの正常反応だとしたら、なんて皮肉な機能だろうか。傷つくことも、真実ではない…そう反応するように作られているのだとしたら。
「ドロシー?」
「なんでもないわ」
 ドロシーはいつもの無表情な声でそれを言い、部屋を出て行く。ロジャーはその後姿を困惑したように見つめていた。
 彼女の感覚器官は通常の人間よりも敏感に作られている。気温探知や聴覚…その他にも、到底人間には感知できない探知機能があると言えるだろう。ただ、感知することは出来ても、寒いとか暑いとか…そういった生物的な感覚までは持ち合わせていない。
―――でも…
 戻ってきたロジャーから"あの女"の気配を感じて、確かに彼女は得も知れぬ人間のような感情が動くのを覚えた。
 微かな甘い香水の匂いを嗅覚が感知した時に。
「回路の故障かしら」
 それすらもありえないと分かっていながら、彼女はぽつりと呟いた。

 ダイニングの食卓に着いたロジャーを静かに見つめ、問い正したくなる衝動がどこからか生まれてくる。そんなこと…以前には一度も無かったのに。
 この男と出会ったことが過ちならば、どんなに良かっただろう。
「昨日から様子がおかしいな」
 突然、ロジャーが言った。
 ドロシーは顔を彼に向け、無言のまま見つめる。
「どこか調子が悪いのか?」
 それは気遣うような声色であったが、彼が彼女に対してアンドロイドとしてか、一人の"人間"として問いかけたのかまでは判別できなかった。
「別に」
 そっけない反応に、ロジャーは苦笑する。
―――私は…彼に気遣われることを喜んでいる?
 ありえない、ありえない、ありえない。私にそんな感情はない。
 無理やり正体不明のバグを押し込み、ドロシーは表情一つ変えないまま座っていた。
―――そう、これは一時的なバグなんだわ。
 ノーマンは淹れたてのコーヒーをロジャーのカップに注いでいる…彼もまた、何事も無かったようにいつもどおりの顔つきで定位置に戻った。>

 私は夢を見ない。
 機械仕掛けの人形に夢は無い。
 あるのは真実と現実だけ。
 それでも、時折、脳裏を掠める物が私を捕らえて行く。
 それが誰かのメモリーを感知したものなのか、意図して植え付けられたものなのか分からないが。
 でも、これはきっと…人はこう言うのだと思う。
 「夢」。
 叶えたい願望、希望だと。

 形だけの食事に付き合うのはすでに習慣になっていたが、どこかに釈然としないものを覚え始めていた。
―――どうして、私はアンドロイドなの?
 死んだドロシーのメモリーが、この愚問を繰り返させているのかもしれない。人間だった彼女のメモリーが。
 私はアンドロイド。夢は見ない、ただの機械人形。決して、非現実的な…不条理な感情を持つことは無い。
―――それなのに。
 私はあなたに、何かを告げなければならない衝動に駆られる。
 どんなに上手くピアノを弾いても、「それは人間の模倣に過ぎない」とあなたは言う。
 正確すぎる譜面通りの演奏は、時折息苦しいとさえ思える感覚を人間にもたらすのだろうか。
 でも、私はそうするより他に術が無い。
 完璧であるよう、お父様に作られたのだから。

「今日は夕飯はいらない」
 ロジャーはそう言って、出て行った。
―――あの女と会うのだろうか?
 もちろん、仕事に行くだけだと分かっていたが。
 振り返ったロジャーが、少しだけ心配そうにドロシーの冷たい顔を見やる。だが、彼は何も言わずにエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターが階下へと行くのを、ドロシーは静かに見つめていた。

To be Continue...


続きます!
彼女、可愛いですよね。マジで好きです。笑。
今回はドロシーを人間っぽくし過ぎたかなと反省してます。
そして、ダークな始まりです…う〜ん。

追加言い訳。
本当は感情も記憶も情報も"メモリー"としなければならないのですが、個人的な趣味で"プログラム"という表現を使いました。
メモリーの方がいいとは思うのですが…アンドロイドであることをドロシーが悩んでいるなら、もっと「機械なんだ」と言うことを主張したかったもので。
いやだ、と言う方は全てを"メモリー"に置き換えて読んでください<むちゃくちゃなお願いだな(汗)

2003/2/27 『THE BIG-O/Doll's Dream/ROGER&DOROTHY』 by.きめら

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送