あなたの目に、私はどう映っているのか。
私はあなたの、一体何なのか。
神経回路が音を立てて崩れていくような、絶望的な予感。
まるで機械仕掛けの身体がオイル切れで軋むように、あるはずの無い心が磨り減っていく。
メモリーの故障だと片付ければ何事も無いように過ごして行けるけど、突然跳ね起きた自己防衛機能が私を駆り立てる。
自身を破壊しようとする存在を、障害として消去しろ…という使命がこの両手に圧し掛かってくる。

あなたは私を破壊する…きっと、私の中の何かを。
今こうしていても、あなたの影が私の中に強く強く残っていく。
私の存在理由を、この不可解な問題を、あなたは教えてくれるだろうか。
優しくて残酷なあなたは。

 

THE BIG-O  Roger/Dorothy #1 "Doll's Dream2"

 

 いつものようにドロシーは掃除をしていた。
 この家の執事は自身の仕事内容を確認しながら、忙しなく彼女の横を通り過ぎて行った。
 いつもと変わらない毎日。
 何事も起きない朝。
 言うに及ばず、この家の主は今日もまた遅い朝を迎えて、朝食をとった後に出て行った。本来の仕事であるネゴシエイトの為に。
 彼女はオフィスの扉をそっと開く。ビッグオーを隠すためなのか、収納階である3Fは外から金網で覆われている。同じ階であるオフィスは、その覆われた窓のせいで薄暗かった。
 箒と塵取を手に、ドロシーは中へと進む。
 デスクの上に置かれた多くの砂時計を眺め、一見無意味とさえ思えるような時を刻む道具たちをそっと手で持ち上げた。次々にひっくり返すと、音を立てて砂が下の器に向かって流れ落ちていく。
―――脳裏に響く、雑音のようだわ。
 随分と前から、完成された機械仕掛けの頭の中に…一種のバグと思えるような…雑音めいた流れが反響していた。もちろん、実際の雑音が起こっているわけではない。ただ、プログラムと言う言葉の羅列が、まるでノイズのように激しい流れを巻き起こすのだ。混乱し、崩れ落ちてしまいそうになる時さえある。
 彼女はデスクの傍にあるゴミ箱を手にとると、持ってきていたゴミ袋に中の物を入れていく。くしゃくしゃに丸められた書類や、メモ…そして、昨夜もまたこの手で引きちぎった"あの女"の名刺。
 ガラスに小さなヒビが入るような、ピシリっと言う音に似た衝撃が脳裏を過ぎる。固まったかのように彼女はその不必要な物たちを見つめていた。
「…………」
―――どうして、私はこんなことをしたの?
 答えの無い問いかけを、また繰り返す。
 ロジャーの行く先に見え隠れするあの女の影が、どうしてこれほどまでに自分を追い詰めるのか。
 人間の危険を危惧する、アンドロイドとしての性質がそうさせているのではない…今ではそれが分かっている。
 これは、もっと別な…言葉にして説明することの出来ないようなものだ。
―――そう、だからバグなのよ。
 説明も付かないような不確かな状況や情報など、あるはずがないのだから。
「私は、あなたよりもっと自分について考えてるわ」
 そこにはいない相手に対し、ドロシーはそっと呟いた。

 日の落ちた街の景色を見下ろしているドロシーの髪とスカートを、ビル風を孕んだ夜風が微かに揺らしていく。
―――別に、この場所が気に入っているわけじゃない。
 ビルの屋上に立ち、そのゴシック調な出で立ちのペントハウスを振り返る。特殊硝子の中では希少価値な植物がその青々しい葉を空に向けている…だが、相対するケースは無残に壊れたままの姿を晒し、中の植物は随分前から枯れたままだった。ケースが無ければ育つことも生きることも出来ない、惨めな過去の遺産。失われた記憶と共に存在する場所を失った哀れな残骸。
 でも、ここに立っていると、いつでも彼が気遣うような、からかうような声で話しかけてくる。
―――だから、私はここに立つの?
 今は誰もいないというのに。
 彼がいないだけで、ここは空虚な場所に変わってしまう。
―――何故?
 何故、誰もいないと分かっていてここに来る?
 何故、彼の気配をこんなにも探している?
「ここにいましたか、ドロシー」
 屋上への入り口に現れたノーマンは、穏やかな声で彼女に話しかけた。
 そちらに目を転じたドロシーは、再び街の方へと体勢を戻して言った。
「ノーマン、お願いがあるの」
「はあ、なんでしょう?」
 少し、間の抜けた返答が帰ってくる。
 ドロシーは再びノーマンに向きなおし、その目を真っ直ぐに彼に向けた。
「治して欲しいの」

「故障箇所は見つけられませんが…まだどこか、不調な箇所がありますか?」
 礼儀正しい老紳士が穏やかに尋ねてくる。
 メンテナンス室の診察台に横たわったドロシーは、無表情なまま「いいえ」と答えた。
 これといった故障は見当たらなかった。もちろん、製作者ではないこのノーマンでは見つけられないような箇所に不都合が生じているのかもしれないが。
「メモリーも正常ですよ」
「…そう」
 起き上がったドロシーは、実体重を忘れさせるような身軽さで床の上に降りた。
「もう一度メンテナンスをしますか?」
 チェック表を片手に問うノーマンを一度だけ振り返り、彼女は感情の無い目を向ける。
「いいえ、もういいわ」
 そして、ドロシーはその部屋を出て行った。

 帰宅したロジャーは、ノーマンの話しにふと動きを止めた。脱ぎかけた上着に手をかけたまま、信じられないような顔つきで振り返る。
「ドロシーが不調?」
「はい。メンテナンスでは何も発見できなかったのですが…もしかしたら、本人にしか分からない故障箇所があるのかもしれません」
 考える風に顔をしかめ、ロジャーは言った。
「このところ、妙に様子がおかしかったが…」
「動作機能に関しては、なんら問題は起きていないようです」
「…そうか」
 少しだけ安堵したようにロジャーは微笑んだ。
―――しかし、彼女自身にしか感知できない故障とは一体何のだろう?
「日を改めて、もう一度メンテナンスするようドロシーに伝えてくれ」
「かしこまりました、ロジャー様」
 ノーマンは恭しく答え、一礼すると部屋を出て行った。
 ロジャーはスーツから部屋着に着替えると、屋上へと向かう。
―――私は、一体どれほどの回数、ここに立って街を見下ろしただろう。
 それこそ毎日の習慣ではあったが…何かしらの疑問や考え事の度に、彼はここに立った。寝静まった夜の街を、あるいは朝日に照らされた明るい街を、彼は眺めた。
―――いつからだろう…この孤独と自身の闇に立ち向かう時間が、ある種の安らぎに変わったのは。
 テラスの手すりに手を置き、下ろした髪を夜風に揺らして彼は目を細めた。
「ロジャー」
 機械的な言葉の羅列…けれど、どこかにあどけなさを覚える声が名前を呼ぶ。
 振り返ったロジャーの目に、R・ドロシーの姿が映った。
「寒くないかい?」
 微笑を浮かべたロジャーに対し、ドロシーは表情一つ変えずに顔を逸らした。
「あなたは?」
―――彼女はこの街を見つめて、何を思うのだろう?
 偽りのメモリーを引き継がされた少女のアンドロイドは。それでも…死んだウェインライト嬢の持つメモリー以外のメモリーが、確かに彼女の中には蓄積されていっているのだ。そう、この自分の存在もまた、"ドロシー自身"のメモリーである。
 ロジャーも街へと視線を戻す。
「いや、平気だ」
 振り替えったドロシーが、彼の横顔を何も言わずに見つめている。
 気付いたロジャーは、その場に佇んだままの彼女のもとに歩み寄った。
「君は、ここに立って街を眺めている…いつも何を思ってこの街を見下ろしているんだ?」
 ずっと聞きたかった事柄、ではない。ただ、今の彼女を見ているうちに不意に浮かんだ疑問だった…例え明確な答えが返ってこなくても構わないような。
「別に」
 いつもと同じように素っ気無い答えが返ってきて、ロジャーは苦笑めいた表情を浮かべる。
「あなたのように、答えの無い自問自答を繰り返しているわけじゃないわ」
「答えのある自問自答を繰り返している…とも取れるな」
 その言葉に、ドロシーは顔をしかめた…無表情なままだったが、微かに冷たいままの表情に何かが加わる。そして、急に踵を返すとロジャーの傍から離れていく。
「ドロシー?」
「おやすみなさい、ロジャー」
 言い残し、彼女は去っていった。
 残されたロジャーは、苦笑のまま溜息を吐く。
「扱い辛いアンドロイドだな…」
 だが、そこには楽しむかのような色が見える。
 部屋の中へと消えていった彼女の後姿を、窓硝子越しにしばらく眺めていたロジャーだったが、再び街へと視線を戻した。

To be Continue...


ちょっと、二人が歩み寄ったかな…?
もちろん続きます。
もうちょっと、なんとかして最後の方を書きたかったのですが…これじゃあ、いじめっ子だよロジャーさん(笑)

2003/2/28 『THE BIG-O/Doll's Dream2/ROGER&DOROTHY』 by.きめら

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