史上最強の弟子ケンイチ Kiss me, Later.

 

この大空に羽ばたく自由な鳥の様に。
どこまでも澄んだ空気を裂き、突き進む強さと勇気を下さい。
誰よりも遠くへ、誰よりも高くへ、誰よりも…あなたの傍へ。
風に舞う羽根の様な、白く、白く、眩しいほどに白い、光り輝くその姿を思い出す。
あなたを思う度にこの胸の鼓動は早く、高鳴りは強く。
納まりそうもない感情が溢れてくる。

ボクはあなたに惹かれ続けているから。




+ + + + +


あなたはボクを振り返り、そっと満面の笑み浮かべる。
そのハツラツとした笑顔にいつだってドキリとさせられる。
明るい色の瞳に見詰められる度に平常では居られなくなる。
優しげな面差しであなたが柔らかな言葉を紡と、その形の良い唇が動くのを見ているだけで目が逸らせない。
しなやかな身体が滑らかな動きを生み出すのを見ていると、心が疼き出す。
それはもう、とんでもなく大きく膨らむ続ける風船のようで…いつか溢れ出る感情が爆発しそうなぐらいで。

ボクはあなたに見惚れてしまう。

「兼一さん?」
ボクははっとして我に返った。
今まさにボクの思い人である彼女はそこに居て、ボクを不思議がるように、大きなあのくりっとした目で見詰めていた。
―――ボクとしたことが…
とんでもない失態だ。
よもや、本人が居る前でまた勝手な妄想を繰り広げていたなんて…後ろめたい気持ちと申し訳ないような気持ちが頭をもたげてくる。
それもこれも昨日の夜に見た夢のせいで。それすらも酷く罪悪感を覚えさせられる。
―――本当、ボクって時々、とんでもなく彼女に失礼なことを考えてしまうんだよね。
夢の中で、ボクは彼女を強く抱き締めていた。切なげに潤んだ目で見詰められて、たまらなく彼女が愛しいと思った。白い肌が仄かに色付いて、囁くように甘い声がボクの名を呼んでいて、ボクはそれに誘われる様に顔を近づけて…と言うその大事な瞬間に、朝の修行の時間だと岬越寺師匠に叩き起こされてしまったのだ。その先が肝心だったのに。
はっきり言って、悔しかった。
珍しく、師匠のことを恨めしくも思ったりした。
儚い願望を映した夢ぐらい見させてくれたっていいじゃないか、と。
そんなこと言ったところで詮無きことなんだけれども、それでも、少なくとも今朝の欲求不満の原因となっているらしいことは確かなのである。
ところが、彼女がそんなボクの苦悩など知るわけも無い…美羽さんは、様子の可笑しなボクを心配げに見上げた。
「どうしたんですの?」
つ…と間合いを詰めて、彼女がボクの顔を覗きこむ。
「え、いえ、別になにも…」
ボクはドキリとして言葉に詰まった。
「…?」
彼女はやはりそんなボクを理解できず、不思議そうに小首を傾げた。
ボクとしてはそれはそれで心外なんだけれど―――でも、その様子もあまりに可愛すぎて思わずにやけてしまう。うん、誰がなんと言うと…と言うよりも誰もがそう思うだろうけれど、美羽さんは可愛い。そして、ボクはそんな美羽さんに弱い。
「…はぁ」
ボクは自分でも思いも寄らない程の大きな溜息を吐いてしまった。

ボクとてお年頃の男の子だし、恋の一つや二つしたって何の不思議もないだろう。
あまつさえ、その先のことを夢に描いたとしても誰に責められるだろう…いや、誰にも言えないけど。
最も彼女はそんなボクの願望や妄想や、気持ちなんかちっとも気付いていないはず。隠し事が大下手だなんてことは自覚しているけれど、彼女の鈍感さと言うか、純真さと言うか、あの性格ではボクのあからさまな態度にだって気付いていないだろう。
とにかく最近のボクときたら、美羽さんとのことばかり。
修行とケンカの毎日で、たまった疲れが一番顕著になるのは朝の登校時だった…ボクは歩きながら、良く寝ているらしい。しかも大抵は彼女とのイイ夢を見ていたりしていて。その度に彼女本人に「危ないですわ」と起されて、甘い夢とシビアな現実の格差にいつもがっくりしていまう。まあ、そう言っても現実にだって彼女の傍に居るのは他でもないボクだ。そう思うと、不毛な願望に悩んでいた自分のことが少しだけ救われるような気がした。
外見的魅力もさることながら、内面的魅力はその上を行く美羽さんだ。正義感の強さとそれに見合う力は、何度見ても驚かせられる。梁山泊の家計をやりくりし、家事全てをこなし、学校では勉学と新体操部で他から卓越した能力を披露する。それなのにいつだって明るくて優しくて、絶対に自分を誰かに誇ったりしない…はっきり言って、この人以上の女性になんて、これから先の人生の中でも、絶対に巡り会えないと思っている。
そんなこんなで、気付いている人にとっては当たり前なのかもしれないけれど、ボクは美羽さんにゾッコンなのだ。時々見せる天然なところもご愛嬌ってなもんで。
例え、邪まな希望を抱えているとしても…惚れてるとか愛してるとか、そんな言葉は気恥ずかしくて頭の中でも早々に言えないけれど。
ともかく、彼女に強く惹かれていることに違いはない。
出来れば、僕の中で彼女が「一番」であるのと同じように、彼女の中でもボクは「一番」になって欲しいと思っている。それにはまだまだ努力が必要だとわかってる。
いつか彼女を守れるぐらいに強くなりたい、それが今の所の目標だ。そうしたらきっと告白する勇気も持てると思っている…険しくて果てしなく遠い道のりだとも分かっているけれど。

そう思うと、また溜息。
「変な兼一さん」
そんなボクを、くすくすと彼女は笑った。
―――あ〜あ、確かに今のボクの態度は変だけれど、ね。
全部、あなたのことで、なんですよ。
だけれど、思わず悲観的なことを心の中で呟きながらも、ボクは笑ってる彼女を見ているが好きだから言い返したりはしない。
美羽さんが笑うとボクの心はフワリと軽くなる。
美羽さんが悲しいとボクも悲しくなる。
彼女の一挙手一投足にあからさまな一喜一憂を繰り返す自分のことは自覚している。そんな風に勝手に振り回されて、けれどもそれがイヤじゃなくて…余程、美羽さんに対する気持ちで重症なのだから仕方ない。
こうして毎日、隣に居られることも今では当たり前になったけれど…時々、身分不相応な幸福じゃないかなんて考えてしまったりもして。まったく未だに自分に自信がない、気弱なボクらしいといえばそうなんだろうけれども。
それでもやっぱり好きだってことはどうしたって変えられなくて、彼女に相応しい男になりたいと切に願ったりする。

もし今、彼女のその肩を引き寄せられたら。
日に煌く淡い色の髪を撫でられたら。
微笑んでいるその唇にそっと唇を重ねられたら…

―――って、ボクはなんてことを考えているんだ!?
分かってる…分かり過ぎている、自分の想いなど。
でも、こんな朝っぱらに、清々しい朝日と澄んだ青空が広がっている下で、無邪気に微笑む彼女を目の前にして、なんて不純なことを考えてしまったんだろう。
きっと昨夜の夢が尾を引いているに違いない…なんだかもう、どこまでも自己嫌悪に陥りそうだった。
そんなボクの葛藤など露とも知らない美羽さんは「もう、本当に今日の兼一さんはどうされたんですの?」と呟いていた。
ボクがそれを言ったらあなたはどうするの?
ボクの本当の思いを知ったら、あなたはなんて言うだろう?
―――…なんて、底意地の悪い疑問も思いついちゃうよ。
そんな勇気なんてないくせに。

「その…美羽さん…」
遠慮がちに呼びかけると、彼女はボクを振り返った。
「はい?」
その朗らかな返答が、何故か妙にボクの良心をズキリとさせる。
―――だって、ある意味、ボクはあなたを裏切っているのだから。
友達だと言いながら、ボクは友達以上になりたいと思っている。
ずっとずっと、この先もずっと「お友達」のままなんて嫌だと本気で思っている。
それは彼女の「お願い」と「希望」とはまったく違っていて。
―――あなたの全てを欲しいとすら思ってしまう自分が居るんだ、あなたに好いてもらいたいと言う思いが。
もしあのまま最後まで夢を見続けられたとしたら…どこまで行けただろう?
なんだかそう考えると、自分のことが怖くなったりもする。不甲斐ない現実の自分と、妄想の中の自分が掛け離れ過ぎていて、すごく汚れた人間みたいに思う。
―――でも、美羽さんへの思いは純粋な気持ちで。
嘘偽りのない、恋心なのだ。それは本当だ。
―――いつだってあなたの傍に居たいと思ってる。友達じゃなく、彼女にとって特別な存在として、ずっと傍に、近くに。
こうして一緒に登下校して、同じ敷地内に住んで、まさに四六時中、傍に居るわけだけれど。それって周囲の人間から見れば…いつもそう疑われて訊かれたりもする…特別な関係だと言えないだろうか。友達だと彼女はいつだって力いっぱい主張するけれど、それだって周囲からすれば言訳みたいに聞こえるだろうし。
いつもいつも美味しい手作り弁当だって用意してくれて、学校に居る時の昼飯は他の誰でもないボクと二人きり、人目を憚ったような場所ばかりで…否、彼女はまったくそういった考えはないだろうし、それはケンカ嫌いなボクが平穏に過ごしたいが為の気遣いと付き合いなのだけれども。
でも、だけど、それだって、ただの「友達」がそこまでしてくれるだろうか?
あの、裏の考えが有り過ぎる悪魔な宇宙人は別にしたとしても、そこまでしてくれる友達なんて今まで居なかったし。
―――いや、友達なんて今まで居なかったんだけども。
その、嫌な過去を思い返すと、とっても理不尽で切ない気分に陥ってしまうけれど、それが真実なのだから仕方ない。
元いじめられっ子のボクにとっても初めての友達が彼女だったわけだし…彼女もボクが初めての友達だったわけで。
―――こりゃあ、脱友達関係なんて難しいな。
そういう意味ではボクは美羽さんにとって「特別」ではある。初めての、いつか友達が出来たら一緒に見たいと思っていた夜空まで鑑賞した「初めての友達」。
あ、後、梁山泊の弟子として僅かながらの収入源だったり…うう、それだけだったら嫌過ぎる。

「なんですか、兼一さん?」
彼女が横を歩きながらボクの言葉を促す。
ボクは言葉に詰まって小さく唸り、それから自分自身に対して溜息を吐いた。
「いえ、やっぱり、なんでもないです」
情けない。
不甲斐ない。
―――ボクの意気地なし!
もうちょっとマシな誤魔化し方とかあっただろうに…本当に、彼女のことに関してはどうしようもなく頭の回転が悪くなる自分が忌々しい。
「はあ、そうですか…」
美羽さんは納得してはいないものの、そう言って口を閉じる。

―――ごめんなさい。

ボクは心の中でそう呟いて、思わず歩く足を止めてしまった。
弱虫なボクでごめんなさい。
いつまで経っても卑怯なボクでごめんなさい。
それでも、いつでも、あなたのことを好きで居続けます。
絶対に諦めたり出来ないのです。
いつか、この思いの丈を告げることが出来る日まで…必ず、あなたに見合うだけの男になってみせるから。

―――だから、ボクを許してください。


「兼一さん、急がないと遅刻しますわ」
数歩先を歩いていた彼女はそう言ってボクを振り返り、おいでおいでをするように手招きする。その、少し困ったような、ボクを微笑ましそうに見ているような表情で。
「さあ、早く!」
励ますようにそう言って、彼女が立ち止まったままのボクの腕を取る。
「走りますわよ」
「は、はい」
彼女が駆け出して、ボクは引っ張られた。それでようやく我に返って、僕も走り出す。すると彼女も走り出したボクに合わせるように駆け足からスピードを上げた。

彼女の白く華奢な手が、ボクの手を握っている。
今、朝の街を一緒に走っている。
いつもの道を、明るい日差しが照らす道を。

―――ボクは不覚にも、幸せだと感じてしまった。
もう少し長く、もっと長く、この時間が続けばいいと思ってしまった。
走る彼女の横顔を、揺れる長い髪を、時々ボクをちらりと見やって微笑む瞳を、独り占めしたかった。
―――彼女を抱き締めたかった、今ここで。
そう出来たらどれだけ嬉しいだろう。
もし美羽さんも、そうしたボクに微笑んでくれたら…ああ、でも、もうすぐ終わってしまう。
学校が視界に入ってくる。
「セーフですわね!」
予鈴の鳴る前に校門を通り抜けて下駄箱に到着する。走ったおかげで…彼女のおかげで…教室には歩いて行けば間に合う時間だった。
「すいません、ぼーっとしちゃって…美羽さんのおかげで間に合いました」
「いえいえ、なんの、ですわ」
そう言って彼女はまた、屈託なく微笑んだ。
これからまた、いつもと同じような時間が流れるんだろう…一時間目が終わったら、早朝できなかった分の花壇への水遣りをしに行って。午前中の授業が終わったらいつも通りに二人でどこかに行って弁当を食べて。午後の授業、放課後の部活、そして校門で待ち合わせて一緒に帰って…何事もなければ。得てして不可抗力的にケンカに巻き込まれる場合もあるだろうけれど。
―――そう、何も変わらないまま。
帰っていつもの様に修行して、彼女の手伝いをして、それから寝て、また明日の朝起きて…変わらない毎日を過ごす。
変わらない日々の中に小さな幸福を探しながら、ボクはただひたすらにあなたを思って強くなる。
―――いつか、あなたが向けてくれるその笑顔に、特別な意味は生まれるだろうか。その呼びかける声に特別な感情が入ることはあるだろうか。
どうしてもそう願ってやまない自分がいる、それは変えることが出来ない真実。
「兼一さん、早く教室に行きましょう」
無邪気に言う美羽さんが、まるで手のかかる弟を見るように苦笑する。
ボクは急いで彼女の後ろを走り出した。




+ + + + +


きっとまた、今日も彼女の夢を見るだろう。

例え夢の中だって、今は構わない…修行で疲れた心身を癒してくれるのは彼女の存在に他ならないのだから。
美羽さんがいるからこそボクは頑張れている。
そして、現実の世界では満たされない願望を夢で描くことで消化している。
だから、どうか、今夜こそ消えないで欲しい。
夢の中でも、ボクは頑張って暴走しかける自分を何とか抑えてみせるから。キミを絶対に傷付けたりしないから。
思いっきり我侭でもいい、キツイくらい素気無くされてもいい。
でも、その後は必ず振り向いて欲しい。

そして、ボクは心の中でそっと呟く。


"Kiss me, Later."












キミを愛してる。





END

 

 

 


はい、兼一視点の"兼一&美羽"でした。
すいません…微妙に落ち着かない話運びで。例に洩れず、今回も映像が先に頭の中で回ってて、手が追いつかないと言う現象がおきてました。
もっとじっくりゆっくり丁寧な文章で書きたかったんですけれど…これでも一度書き終えてから読み直して、加筆修整したんですけどね;
最近は谷本の暗い独白とかばかり書いていたので、タダの甘々ストーリーにはなりませんでした(兼一が卑屈だ…そして妙にリアルだ…)。
映像が先に頭の中に出来上がってて文にしていると言うことは何度か言い訳みたいに書いてますが、今回の美羽さんは出てくる度にコマというコマが全て兼一ビジョンでキラキラしてました。
うん、私ビジョンと言ってもいいかもしれない(腐)
もう、大好きで大好きでたまらない!と言う感じの話にしたかったので。笑。

兼一が見た夢ってどんなんだったんだろう…やっぱり"お年頃"な夢でしょうねえ。
本当は夢の内容も入れようと思っていたのですが、無駄に長くなったり、テンポが悪くなったりしそうだったのでやめました。
あ、でも、少年誌の域を脱してませんよ。チューまで!
原作では毎回毎回、彼の妄想を見るのが楽しみで仕方ない私です。笑。

そうそう、「Kiss me, Later.」…後でキスして。は、兼一の願望と、夢の続きを併せたタイトルです。
これと同題の映画があるのですが、ミニシアターものですけど結構面白いですヨ。

2004/10/24 「史上最強の弟子/Kiss me, Later.」 by.きめら

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