史上最強の弟子ケンイチ 優しい悲劇

 

 

「あの頃の僕は今まで生きていた中で一番幸せだったんだ」

「一番幸せな時に、一番幸せなんだと僕は知っていた」

「この時を逃したら僕はまた不幸になるのだと分かっていた」

「僕は、世界中の誰よりも幸せだったんだ」



右の手には妹、左の手には義母、そして僕達を見守るように微笑む義父。

何もかもが輝いて見えた瞬間。

優しい彩で花が風にそよぎ、その風すら歌うように儚くて。

きらきら光る玩具箱をひっくり返したみたいに楽しくて。



僕はあの時、本当に笑えたのだろうか。

笑っていたのだろうか。

いや、今はもう手放してしまったそれを、確かに持っていた。

僕は心の底から、笑っていた。



陽気に笑う陽射しに招かれて、夕暮れが来ても、その次の朝が来ても、僕達は笑い合った。

手をつないで、あの道を歩いた。

僕はまだ独りじゃなかった―――






ああ、残酷な思い出。

無慈悲な夢。

いっそ初めから何もなければ良かった。

初めから何も手に入れてなければ良かった。

きっと、僕はこんなにもたくさんの思いを引きずることなく生きていけたはず。

優しくて残虐な月日が、時間が、切り裂いていくのは楽しかった過去じゃなく。



「僕にはもう、何もない」だけ。




庭に揺れる秋桜、何の手入れもしていないのに今年も咲いたよ。

荒れた土の、雑草まみれの、裏庭の花壇に。

それでも毎年、何をそれほど頑なに守るのか、律儀な花が一輪。


君の幼い、小さい、弱々しい手が植えた花が僕に笑いかける。




「負けないで」






俺はもう、二度と負けはしない。

守るべき者も愛すべき者も、誰も居やしない。

失うものなどない。

儚げな花に思いを託すような真似はしない。

全ては現実、醒めない夢はとっくの昔に忘れた。

ただ、君の悲しすぎる思い出だけは棄てずに居るけれど。




僕は幸せだったよ。

繰り返される戯言よりも確かに。

僕は幸せだったんだよ。

泡沫よりも確かに。




滑稽なほど笑える悲劇にまだ幕は降りない。

だから俺は笑い続ける。

誰かがこの演目を見ている限り、そこに終幕を降ろさない限り。

俺は演じ続ける。






「俺は幸せだよ」




ほら、こんなにも笑えるのだから。

 

 

END

 


谷本、壊れた;

なんか、無理に涙を我慢して笑みを浮かべる彼を書きたくて…"家族"への思いを抱える優しさと、それでも強く生きていかなければいけないと自分に鞭打つ強さと、悲しみを引き摺った孤高のヒーローっぽいのがやりたかったんです。
なのに、書いてみたら怖い人っぽくなってしまいました。
サイコじゃなくて、そう言うのが書きたかったのよ〜っ!
設定的には兼一と出会う前、です。

書きたかったものを汲み取っていただけたのなら嬉しいです…(すいません、他力本願で;)

2004/10/17 「史上最強の弟子ケンイチ/優しい悲劇」 by.きめら

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