京極堂 百鬼夜行 円舞曲の調べを聴きながら(榎/関) |
やわらかな、やさしいメロディー。澄んだ旋律。名だたる名ピアニストの演奏するレコードのショパンは、やはりどこか悲しげな表情の曲だった。
「別れのワルツですね」
和寅は何故か陽気にそう言って、微笑んだ。
榎木津は曖昧な返事を返して、椅子に腰掛ける。
長い夏休みの一時期、榎木津は実家に戻っていた。久々に帰ってきたのに…落ち着く所か、苛々する。こんなところでくすぶっていたくない。今すぐにでもあいつに会って…ここにいなければならないのなら、攫って来てしまいたい。
―――こうしてる間にも、関口はあいつとずっといっしょにいるんだろう。
関口の実家は離れているから、盆か正月以外は早々には帰らない。休みの間も寮に留まっていることだろう。実家が都内の中禅寺は、なんだかんだ言ってそれに付き合ってるんだ。だから…こうしてる間に、自分の分け入る隙が無くなってしまう危険がある。
いや…どんなことになっても、関口を自分に振り向かせられる自信はある。それでも…いやなものはいやだ。
何度も何度も繰り返し流れるショパンの、別れのワルツ。
切ない、焦る気持ちに拍車を掛ける。
熱烈な恋をして、それでも別れなければならなかったショパンがその女性に贈ったという。
昔はそのことが良く分からなくて…好きなのに別れなければならない理由が理解できなくて、この曲が嫌いだった。今だって好きじゃない。綺麗な旋律は気に入ってけれど、どこか明るい、それでいて切ない雰囲気が嫌だ。
特に、こんな気分の今は。関口は、僕じゃない相手を選んだ。
そんな現実が、突きつけられる。
いや、決して関口自身がそう言ったわけではない。そんな素振りもない。
ただ…隣に立つ中禅寺を見つめる目が、まるで夢を見る少女のように優しく、儚げだった。
いつもいっしょに通った、寮から大学への道。三人で肩を並べて。
自分を見上げる関口の目は、どこか憧憬を含んでいて…気持ち良かった。取り巻きたちの中で、唯一曇りなく純粋に寄せてくる好意。家柄とかじゃなくて、(容姿のついては仕方ないと言えるが)等身大の自分を見てくれる、無垢な少女の様だった。何故かそれに応えたくて、執拗以上にからかったりもした。
それなのに、関口はあいつの隣を選んだ。
いつもいつも、助けを求める相手はあいつ。鬱に陥って救いを求める相手は中禅寺。どんなに必死に呼びかけても、その体を抱きしめても…あいつの一声には敵わない。
敵わない相手などいなかった。みんな自分の思い通りにいつもなったし、呼ばなくても回りには誰かがいた。だけど関口だけは…初めて本気になった相手だけが、思い通りにならないなんて、なんて皮肉。
僕の甘い囁きより、冷たいふりをしたあいつの瞳の方がいいというのか?
―――離れたくない。
そう強く感じたのは、知り合ってから間も無い頃。その時からすでに、榎木津は関口を『好意』以上に思っている。でも、それは彼だけではなかった。あいつが…僕の関を奪ってしまう
あいつは卑怯だ。
何食わぬ顔をして、その実、関口を愛している。
『愛』と言うにはまだまだ未熟で子供じみているけれど、その感情は『好意』と言うにはあまりに強烈で、『友情』と言うにはかけ離れたものだ。
それなのにあいつは『友人』の仮面を被って、関口の隣に立つことを選んだ。一線を越えるという権利を放棄しながら、一番近くに居ることの出来る立場を勝ち取ったのだ。
―――僕には我慢できない。
そう知っていて、先を越したのだろう。榎木津は、そんな立場に甘んじる気など更々ないからだ。だが、榎木津のそれは、一線を越えるまでは誰よりも一番遠い距離に立つことになる。
『中禅寺より、離れた距離』
嫌な結論。
こんな非生産的でネガティブな気分は初めてだ。
好きだから、気になるから、ただそれだけで貶めてはいけないような気持ち。思ったら即行動、ができなくなっている。それが本当の恋だと、気付くのに時間はかからなかった。
好きだから、大切だから、怖い。恐怖なんて、初めて覚えた。
「おまえはどうなんだ…」
―――関は僕が好きか?
気持ちを伝えて…関口が拒むとは思えない。
―――尊敬と畏怖と憧憬の対象なんだ、僕は。
でもそれは、『拒まないだけ』で、実際には余計な距離を置かれてしまうことになるだろう。
それでも目の前で奪われるくらいなら、いっそ嫌われてもいいから奪ってしまいたい。
―――嫌われるなんて、はなから思ってもいないくせに。
きっと中禅寺はそう言うだろう。卑怯で臆病者の狡猾なあの後輩は。
「その曲を止めろ」
部屋の隅で、花瓶に花を生けていた和寅に言う。彼は驚いて、レコードを止めに行った。
―――僕は、まだあきらめたわけじゃない。
別れのワルツは…関とは聴かない。聴きたくない。
その手を捕り、口付けするのは、僕だ。僕の決心は固いぞ。
おまえには譲らない。
そこで…『友人』の場所で、指を咥えて眺めているといい。
僕は必ず、関を振り向かせる。ことり、と針の離れたレコード盤が音を立てて止まった。
次にかけさせるのは、もっと軽快で甘美なワルツにしよう。
「関…」
その手を取って、君と踊ろう。誰にもその役はやらせないから。
「次は、それだ」
『Valse No.1 Op.18"Grande valse billante"』と書かれたカバーからレコードを取り出す和寅に、榎木津は微笑んだ。
END
榎さんが嫉妬を…(笑)
京極堂は昔っから卑怯ですよォ、ウチの京極は特に卑怯です。ふふふ。
相手から好きって言わせたり、わざとはぐらかせて苛めたり…悪い人じゃん。汗。
さて、榎木津の決意は果たして成功するのでしょうか…<おまえが書くんだろ
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