京極堂 百鬼夜行 春風と木漏れ日の中で 京・榎・関(学生時代)

 

 軟らかな春の陽射しが大学のキャンパス内に降り注いでいる。
 中禅寺秋彦と、ルームメイトである関口巽は芝生の上に座って、談笑していた。談笑と言っても一方的に関口が話しかけるだけで、中禅寺の方はと言うと、なにやら小難しい本を片手に答えるのみである。あきらかに無愛想で迷惑げな顔つきをしているが、それでも関口は諦めずに話しかけている。たぶん、大学を出るまで同じ部屋に居続ける事になるだろうから。
 それでも、本から顔を上げようともしない友人に苛立った関口は問う。
「ねえ、いつも思うんだけど、君はなにを読んでるの?」
「…君には関係ない」
 しかし中禅寺は万事この調子で、関口にはとりつく島が無い。それが中禅寺の照れ隠しだとは思いもよらないだろうが。
「そうだけど…」
 すねた口ぶりが愛らしい。中禅寺は内心抱きしめたい衝動を抱えて、尚もひねくれた答えを言う。
「分かったのなら黙っていてくれないか?君といるとちっとも本が読めやしない。どうして僕がわざわざこんなところにまで出てきて、尚且つ君のその要領を得ない話しを辛抱強く最後まで聞いて答えてやらなくちゃあならないんだ」
 さすがにむっとする関口。
「いつも僕の話しなんか最後まで聞いてないじゃないか」
 笑い出したい衝動を堪えて、中禅寺はぶっきらぼうに言った。
「それは、君がいつもくだらない、意味のない言葉の羅列をのんべんだらりと述べくれるからだ。なにも理路整然と完璧に話せと言っているんじゃない。もっとも無理だろうけど。最後まで聞いて欲しかったら、もう少しせめて解釈の間の要らない、話し方にしてくれ」
 ひとつ言えば、十返って来る。それをいつものことと納得するのは大学内で関口ただ一人であろう。もっとも、関口とて腹が立たないわけではない。この、一見無口で良くしゃべる男を完膚なきまでに口論でやり込めてみたいものだ。だが、到底無理だと諦めているに他ならないのだ。
「なんだか、話す気も失せたよ」
「そうかい」

 そよそよと風が木立を揺らす。軽やかで明るい新緑の葉を生い茂らした、キャンパスの木々がまるで春と言うこの季節を賛美するかのように輝いて見える。
 春風は、うとうととし始めた関口の頬を撫でて虚空に消えていく。
 中禅寺はその時初めて本から顔を上げ、関口を呆れたように眺めた。
「君は良く寝るなあ」
 関口は答えない。芝生の上に寝転んで、スース―と寝息を立てている。中禅寺はその寝顔を、本人が起きていたらたぶん一生拝めないであろうほど優しい眼差しで見詰めながら、本をひざの上に置く。
「巽?」
「う…ん…」
―――君はいつもこの優しい声色で呼ぶ僕の呼びかけに、そうやって寝言でしか答えてくれないね。鬱に陥った君を、いつも優しく呼んでいるのに。君はなにも覚えちゃいないんだ。
「こんなところで寝ると風邪を引いてしまうよ」
 切なくて、愛しくて、それでも関口の名を呼びたい中禅寺。この頬に触れて、細い肩を抱き寄せたい。口ではあんなことを言っているが、その声で話しかけられて幾度胸が高鳴ったか。
「巽…」
 優しい春風が二人の髪を揺らしていく。何もかもが淡く柔らかに陽射しに彩られていて…がさがさと背の低い木々が揺れたかと思うと、そこから飛びぬけて綺麗な顔立ちの男が現れた。

「サルはどこだ!サル!この僕が呼んでいるんだ、出て来い」

「…またあの人か」
 中禅寺は嫌な顔をした。もっとも、表立ってはいつもの鉄面冷皮だが。
「おお!居るじゃないか!」
 榎木津は寝ている関口を見つけて、良く通る声でうれしそうに叫んだ。そして、さも以前からそこが自分の場所だと言い張るように中禅寺と関口の間に割り込むように座りこむ。
「なんだ、また寝ているのか」
「ええ、例の如く」
 中禅寺が苦々しい口調なのは、良く眠る関口に対してではないだろう。それでも榎木津は、関口の頬をつついたり脇をくすぐったりして愉快そうに笑っている。
「面白いなあ、サルは」
―――かわいい、ですよ。
 中禅寺は心の中で、くだらないと思いながらも訂正した。
 榎木津は寝ている関口を引き寄せて、膝枕をしてやりながら中禅寺を振り返った。
「これじゃあ、おまえがいつも寝顔眺めてるわけが分かる」
 …嫌な人だ。そして意地悪である。
 中禅寺は、寝てからもよくよくうなされる関口を、慈母のようにあやしているのだ。だから…それにかこつけて、中禅寺はいつも関口の寝顔を思う存分見ている。関口が中禅寺の寝息を聞いたことがないのは、そのせいだ。中禅寺は、関口が安心して深く眠るまで自分が寝つけない。
「そんなことより…あまり弄くってると起きますよ」
 中禅寺は、一度閉じた本を再び開く。それを眺めながら、榎木津は綺麗な顔を愉しそうに微笑ませた。
「大丈夫だ!!サルはこれくらいで起きない…」
「そうですか」
 中禅寺は鼻にもかけない。しかし、自身たっぷりの榎木津を裏切って、関口は中禅寺の予言通り眠たそうな目をこすりながらむっくりと起き上がった。
 今度は榎木津が嫌な顔をする番だ。中禅寺はしてやったりと…もちろん心の中で、笑った。
「あ…あれえ、榎さん?」
 間抜けな物言いも、その愛らしさに彩りを添えている。途端に上機嫌になった榎木津は、中禅寺から顔をそらして関口を抱きしめた。
「うわあ!なにするんですかあ」
「うるさいぞ!僕がしたいと思ったから、そうするんだ!」
「めちゃくちゃです…」
 この男がめちゃくちゃなのは周知のこと。しかし、関口は一身にそのはちゃめちゃな溺愛を受けているので、笑い事ではない。
「苦しいです…中禅寺、君も本なんか見てないで助けてよう」
 中禅寺は嫌々ながら…内心待ってましたとばかりに、顔を上げた。
「まったく、うるさいなあ。せっかく君が寝てるから本が読めると思ったのに」
「そんなに本が読みたいなら行っていいぞ。サルの面倒は僕が見よう!」
「ええ?」
 関口が榎木津に羽交い締めにされながら、情けない声を出す。
「中善寺ぃ…」
 捨てられた子猫のように見上げてくる関口を、中禅寺はやれやれと言って、無理やり自分の方に引っ張た。榎木津は意外にあっさりと手を離すと、いたずらっ子のように中禅寺を見上げて笑っている。
「ここで見捨てたら、寝覚めが悪いからね」
 まるで負け惜しみかいい訳のように、中禅寺は言い捨てた。
「ち、中禅寺…」
「それじゃあ、僕たちはこれで」
 手を強く引かれて、関口は戸惑いの声を上げる。それでも中禅寺は関口の抗議を無視して、微笑んでいる榎木津に会釈すると校舎に向かって歩き始めた。
「あの…じゃあ、榎さん…」
 中禅寺に手を引かれながら、それでもおどおどと榎木津を心配して振り返る関口がかわいい。
―――かわいいじゃないか。
 榎木津はどうしたことか、追いもせずににっこり微笑んで手を振っている。 
「ふふん」
 残された榎木津は二人の背を眺めながら、先ほどの関口のように芝生の上に寝転がった。
―――かわいい”奴ら”だなあ。
 大胆不敵で余裕たっぷりに、先輩はそう一人ごちて眩しげに春の陽射しから目を閉じた。

 

END

 

 


学生時代の中禅寺、関口、榎木津の日常風景。
ある日、TOPに飾られていたイラストが学生時代の3人で…思わず「いや〜ん可愛い〜vv」と、感激。
で…どういうわけか、触発小説を書いてしまいました。

榎木津の帝王っぷり(戦後、「神」に昇格したようだね)が結構ウケてくださった方がいて。
ありがたいことです。

 

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