京極堂 百鬼夜行 星の瞬く合間に(京x関)

 

 星なんて、そう珍しいものじゃないのに。いつだって、家からだって見上げれば見えるのに。
「七夕、過ぎちゃったね」
 君は僕の側らに寝そべりながら言った。
 窓から見えるのは、台風の去った後に残された、ひどく晴れ渡る星空だ。
 君は僕を部屋の中に一人残し、起き上がると縁側に立つ。
「織姫と彦星は無事、会えたのかな」
 なんて、幼稚な言葉。今は僕といるのに。
「あの日は雨が降っていたがね」
 僕はにこりともせずに言った。それを振り返って、君は苦笑する。
 その笑みが余りに儚く思えて…僕は思わず視線を反らした。
「そうだね」
 ポツリと呟き、君は再び夜空を見上げる。その瞳にはきっと、星空が映って、綺麗に違いない…。
 僕は空を見たままの君を再び見つめた。
―――君の目を離さないあらゆる物、星にすら嫉妬を感じる僕に君は気付いてはいないのだろう。

「毎年毎年、降るよね」
 何処か寂しそうに呟く。
「…そうだな」
 僕は君の隣に歩み寄る。
 月明かりに照らされて、白い肌が僕には眩しげに見えた。細いうなじに指を這わす。君は一瞬、びくりとして僕を振り返った。
―――やっと僕を見たね、君は。

「…君は現実主義なんだね」
 少しだけ傷ついたように、僕を見上げる君。目が悲しそうに揺れる。
「そんなこともない…よ」 
 こんなにも君の一挙手一投足に心振り回されているのだから…。もっとも、そんなことにも気付かない君だろうけれど。
「ただ、くだらない慣習には染まらないだけだよ」
 これは僕の強がり。君の前で情けなくはいたくないから。君はそんな僕の言葉に、いつも傷つき、いつも苦笑する。
「占星術や星座にだって詳しいのに?」
「いつだったか…学生時代、君がしつこく訊いてきたことがあったね。案の定、僕が読書中にね」
「いいじゃないか、訊くぐらい。あの時君が読んでいたのも、航海についての…星がなんだとか言ってたじゃないか」
「羅針盤が出来る前の航海には、星の位置で場所を確認したんだよ。だけど、それと君の訊いてきたことはずいぶんとかけ離れていたじゃないか。君は航海術の本を読んでいる僕に対して、七夕の…」
 僕は言ってから、息を呑んだ。
 そうだ…あの時もこうして君と星空を見上げて、七夕のとうに過ぎた夜だった。
「七夕の古い伝承についてだったじゃないか」
「博識なんだからいいじゃないか」
 卑屈な瞳が僕を睨む。

「……」
「ねえ、あの星がなんだか知ってるよね?」
 君はそう言って、すぐに空を見上げる。細い華奢な指で指すのは、微かに瞬く星。
「君はどうしても織姫と彦星について、訊きたいのか」
 君は吃驚して、僕を見る。
「え?」
「まったく…君はさっきからそのことについて話していたんだろう?それに君が指差しているのは、その、織姫だよ」
 鮮やかなほどに煌く星々に隔たれて輝く二つの星。
「そうか…」
 君は小さく相槌、微かに微笑む。
「…雨が降ると、その年は二人が会えなかったんだって言うよね」
 小首を傾げるようにそっと呟いて、君は僕を見た。僕は夜風に揺れる前髪を押さえる。
「幼稚な昔話だよ」
 君は首を緩やかに横に振る。
 織姫と彦星は会えなかったのではない、と君は優しい目をして言った。
「きっと、誰にも邪魔されたくなかったんだ」

「二人きりになりたかったんだよ」

「毎年降るじゃないか。だから…僕はいつからかそう言う風に思うようになったんだ」
「関口君…」
「だって、年に一度しか会えない日のに、雨で邪魔されたら可哀相だもの」
 君は僕を見上げ、その身体を寄りかける。僕はそれを受けとめ、君を見詰めた。
「僕だって…例え毎日会えたとしても、会えない数時間すら辛いから」

 

君がそう言うから、僕は君の肩を引き寄せる。
星にも、月にも身を隠して。
君の細い身体を抱きしめる。
会えなくて辛いのは、僕も同じだから。
「京極堂…」と君が呟くたびに、僕は君の全てを留めておきたい。
会えない日々に、悶えて苦しむのは明白だから。

今は…今だけは、君と一緒にいる。
会えない時間を耐えるために、もっとずっと近くに。
君と同じ時間を共有する。

 

「京極堂…?」
 僕の腕の中で君は微笑む。
「彼らより、僕達の方がしあわせなのかな…」
「そうだろうね。いつだって、会いたいときに会える僕らなのだから」
「…僕は、幸せだよ…」
 恥らうように、囁くように、君は言う。
 星が瞬いている。僕らを見下ろして、聖母のような柔らかな光りで。
「関口君…」
―――僕も、幸せだよ。
 僕は呟いて、君を抱きしめる。
 きっと、昔話よりも。
 君が微笑んでいるから、君が僕を見詰めるから。
 あの星よりも近くに居るから。
「関口君…」
 誰より、君だけを愛している。

 星の瞬く合間に、僕はただ、君に小さく口付けをした。

 

END

 

 


京極堂ってこんなに素直な人じゃなかった気が…(笑)

「気付いたら七夕過ぎちゃってたよ」企画と言った方が正しいかもしれない。
なんだか妙に甘い話になってしまいました。

 

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