CHANNEL5 Some Say(光&エドガー)

 

 自分が非力なのだと思ったことは一度もなかった。
 それはただ単に他人との接触を持たなかったこと、それ自体になんら興味もなかったこと、その興味や関心が人となりに必要であると認識できる環境に居なかったことが理由だった。
 自分を慈しみ、育て、全ての生きる環境を残して行ってくれた祖父の亡き後、それでも俺は変わることなくここに生きていた。
 十分な衣食住は用意されていたし、マス・メディアによって情報を手に入れる手段も持っていた。別に何の支障もなかった。
 それが突然、どういうわけか、可笑しな具合になっている。
 一体全体、俺はどうしたと言うのだろう。
 俺が何をしたというのだろう。
 かつて、遠い過去に人間が行ってきたであろう脈々と続く生命活動を変わらずにしてきた、というだけで。
 俺は別に特別な存在なんかじゃない、極普通の、極自然の、在るべき姿で在るだけの人間なのだ。
―――それが、なんだって言うんだ。
 俺は一度だって欲深い大人たちの汚れた惨劇など、見たくもなかったのに。

 

 どこまでも続く深淵の宇宙は、全てを飲み込むほどに深く暗く、それでいて全ての存在を拒むように冷たく断固として広がっている。その裾野にちりばめられた星々の微弱な瞬きも、一見して手が届きそうな場所で太陽光に照らされた宝石の様に闇に浮かび上がる巨大惑星も、全ては遠い遠いはるかに遠い場所に鎮座して、各々の定められた軌跡の輪を巡る。
 彼は窓からそんな空間を眺めながらも、少年らしからぬ疲れた顔をしてブリッジの端に腰掛けていた。
「あら、どうしたの、光?」
 振り返れば、スカイブルーの軍服に身を包んだ一人の青年が彼を見やる。彼の名はエドガー、彼らが乗り込む宇宙船ノアにおいての責任者であり、事実上の保護者みたいなものだ。惑星ブルー軍においてそれなりの地位を持つ博士でもある。
 そして、彼が光と呼びかけた相手こそ、この世界の未来を担う重責を勝手に背負わされてしまった少年であり、惑星ブルーにおいて様々な有機的研究の権威であった星博士の孫、星光であった。
「いっつもクソ生意気で騒がしいくせに、似合いもしない殊勝な顔して」
 彼の辛辣な物言いに光は思わず半眼で睨み付け、幼い顔をむくれさせた。
「うるせぇ、オカマ!」
「誰がオカマよ、このクソガキ!」
 間髪居れずに光へ言い返すエドガー…傍から見れば年の離れた兄弟のようなケンカ風景かもしれない、当人達はそんなことを聞けば激怒するかもしれないが。とは言っても、この船で「人間」と呼ばれる種族はこの二人しかいないので、必然的に反発し合いながらもそうならざる負えない気もする。まったくもって大人げないのだが、髪を引っ張ったり頬をつねたりし合う取っ組み合いが今の所、妙に納得するしかないコミュニケーションの一種だとも言えた。
 また、そんな閉鎖的な環境において、たまの一暴れはある種のストレス解消法、リラクゼーションの役割も兼ねている。決して狭いわけではない船なのだが、広大すぎる宇宙においてはちっぽけな存在に過ぎない。そして、そこに乗る人間など、放り出されれば生きていくことも出来ない脆弱な生き物でしかない。この暗い空間による圧迫感は自覚しないままで大いに影響を及ぼしてくるのである。
「まったく…相変わらず乱暴者ね」
 自慢の顔に引っかき傷を残したまま、エドガーが憮然とした表情で言う。床に座ったままそれを反抗的に睨み上げてくる光を見下ろし、それから彼はふっと小さく笑みを浮かべた。
「そういうアンタの方がアンタらしいわ」
「!」
 光は弾かれたように目を開いて、そう言った相手を見やる。だが、エドガーはすでに笑みを消して、腕を組んだままふふんと鼻を鳴らした。
「なんだよ、それ」
 一端に文句を言うが、それは健全な子供の純粋な反抗期に似ていた。
「まだアンタ、悩んでるのね」
「…………」
「忘れろ、とは言わないわ。でも、先に進まなければ何事も変わることはないのよ」
「…だったら、俺にどうしろって言うんだよ」
 悔しげに眉をひそめて下唇を噛む…光の青い目が、悲しみに煌く母星ブルーの様に見えた。
 星々を巡り、様々な者たちに出会い、多くの出来事に困惑したり窮狽したり恐怖したりしてきた。幼い少年にとって耐え得るような些細なものではない、とてつもない衝撃と傷とを心にも残しかねない大きな悲劇や惨劇。その度に光は気丈にも振る舞い、いや、幼いが故に踏み止まり、立ち向かうだけの純粋さを持っていたのかもしれない…大人でもたじろぐほどの現状を目の当たりにしながら、彼は生き残ってきた。出会いと別れと新しい事実や新しい事変にただ吹き飛ばされない為だけに。
「あたしだって、人間よ。悲しいと思うことは悲しい、悔しい時は悔しがる、理不尽な事に怒りだって覚えるわ」
 エドガーの独白のような呟きを聞いて、光は目を伏せた。
「俺…一体、なんなんだろう」
 ぽつり、と呟く。
 宇宙生活に耐え得る丈夫な身体と若さを持った少年、たったそれだけで過去の暴走を持つ危険な存在の制御とブルーの運命などと言う思いもよらない重責を突然負わされた。分からない、何故自分なのか。何故自分がしなければならないのか。薄々と感じる不気味な運命の足音を覚えつつも、それでも彼はなんら自信が持てない。いや、この旅を始めてから失ったのかもしれない。
―――俺は俺、他のなんでもない。
 その紛れもない事実を、いつの間にか歪曲した感覚の中で屈折した見方をしているのかもしれない。
―――俺は俺、何の力にもなれない非力な子供。
 変わらない、変わりようがない、ただの足手まといなのではないか、と。
「俺、何の力にもなれなかった…どうしようもなくたって、誰かが死ぬのや傷付くのを見たくなかったのに」
 彼もエドガーと同じように、悲しみや怒り、悔しさをはっきりと鮮明に覚えた。あれほど、痕が残るほど強く感じたのはこの旅に出てからだろう。一面の灰色の世界で、深い緑に囲まれた世界で、漆黒の闇の中で。
 エドガーは俯いたままの少年に、大きな溜息を吐いた。
「アンタ、ほんとにバカね」
「なにッ!?」
 本当なら顔を上げるほどの気力もなかったのに、その物言いにカチンときて思わず噛み付く光。
 それすらも斜めに見下ろしたまま、エドガーは言った。
「あたしを見なさいよ、あたしは何?」
「…………?」
 そういわれてまじまじと相手を見やる。だが、一向に何が言いたいのか分からない。
「…オカマ?」
「失ッ礼ね、それだけ!?」
「え、あ…っと…博士」
「…まあ、いいわ」
 言葉に詰まった少年の困惑を放っておいて、エドガーは再びふんっと言って言葉を続けた。
「アンタが言った通り、今までもいろいろ、口さがなく言う人はいたわ。あたしの過去がどうとかあたしの気持ちなんか関係なく、ね。でも、だから何?あたしはあたし、何も負い目も感じないし、引け目もない。あるのは確たる自分自身であって、他人のどうこう言うことなんて関係ないわ。言葉遣いだとか誰が好きとか、そんなの誰かに簡単に示唆されたくない。あたしにはあたしの信じることがあるし、自分のことも分かってる。どう取られようと関係ない、変らない自分がある。変えたくない自分がある」
 それから彼は一呼吸置いて、すっと腰を落とした。座りっぱなしの光の目線に合わせるようにしゃがんで、相手が驚くように自分を見やる目と合わせる。
「どうしようもないことをどうしようもないと諦めるのじゃなくて、起こった事を忘れるのじゃなくて、この先に起こりうる事を未然に防ぐ為の手痛い経験にするしかないのよ、人間は。それを生かすも殺すもあたし達一人一人、それぞれにかかってるの。誰かに言われて出来るなんて、そんな風に人生は単純で簡単には出来ていないものよ」
「だけど、さ。俺、今までじいちゃんが死んでから一人で生きてきて、ずっと俺一人でも生きていけるって思ってた。だけど、本当は何にも出来なくて、あいつに…意地張って危ない所にも付いて行っては結局、紅に助けられたりして…何やってんだろう?って思うんだ。俺、一体何のためにいるんだろうって」
 悔しさよりも切なさに歪められた顔。
 傷付いて暴走しかけた星を宥めた時、その深い悲しみと怒りに捕らわれて戻れなくなった時…そこにいてこの身体を抱き止めたのは一人の戦士だった。
 子供染みた意地の張り合いや反発をしながらも、彼は自分を救ってくれたのだ。どうしようもなく恐怖に捕らわれて身動き一つとれなかった自分を、暴れまわる濁流のような感情から引っ張り上げてくれた。
―――どんなにケンカしても、あいつは科学の粋を集めて作られた、最高の戦士であることに変わりはない。
 そして、その手と大きな身体に抱すくめられて、夢の中のゆりかごよりも安堵した。
「何の役にも立たないのに、いつも反発して、意地で命令したりして、何なんだろう。何でそんなのばかりなんだろう。どうしてそうしちゃうんだろう」
 泣きたかった。
 無力で仕方なかった。
 もし自分がブルーの他の人間と同じ病を持っていたのならば、見分不相応な大役など回っては来なかっただろう。そのことについての後悔はない。俺以外の誰もできないのだから、と分かっている。でも、もう少し、ほんのちょっとでもいい、役に立つ何かを持っていたら…と願ってやまない。
「本物のバカね」
 エドガーは、にこりともしないで言い捨てた。
「…さっきからムカつく。人が悩んでるのにバカバカって言うなよ」
「だからバカだって言うのよ。悩んでいるのは自分ひとりだとでも思って?」
 エドガーの言葉に光は少しだけ息を呑み、それからボソボソと装丁悪そうに言う。
「…そりゃあ…それぞれ、自分の悩みはあるとは思うけど…」
 他人を慮るほどの余裕など、自分が悩んでいる時なんて持てない。それでまた、そんな自分に気付いて愕然とし、なんて酷い人間だろうと悩む。だからこんなにも無力なのだろうか、などと思ったりもして。
 だが、エドガーは言う。
「そーじゃないわよ。人のことなんてどーでもいいわ、今は。アンタ自身のことよ。自分ひとりで悩み抱え込んでナーバスになったりアンニュイになったりするのは生意気よ。足手まといだから何?戦うことも機械を操ることもできない、だから何?アンタはまだ子供よ。子供であることに甘んじて自身を軽んじる必要はないし、だからと言って出来もしないことを高望みしてとやかく自分を傷付ける必要もない。あたしは科学者よ、これまでの人生の中で学んできたことや研究してきたことを足場にして自分の出来うることをする、それだけ。アンタはアンタだから出来ることをすればいいの」
「だけど、だけどさ!俺、一体何が出来るのか分からない。何も出来ないのかもしれない。俺には…何の力もないから」
 光の言葉に、エドガーはぴくりと片眉動かす。それからすうっと目を細くしてしばらく項垂れる少年を見ていたかと思うと、大きな溜息と共にわざとらしく肩を竦めた。
「あ〜馬鹿にして!」
「アラ、そんなことないわよぉ」
「嘘付け!思いっきり馬鹿にしてるじゃん!」
 噛み付く光をいなしつつ、彼は聞こえないほど小さく、唸るように低く、呟いた。
「…力のない者が他の者が出来ないような星との共鳴や治癒を行えると思うのか?」
―――アンタ、気付いていないのよ。アンタの中にあるあの力のことも、可能性のことも。
「え?」
「なんでもない」
 聞き取れなくて聞き返した光に、彼はおどけるような仕草で誤魔化した。
「ま、あたしはアンタの親でもお姉さんでも、先生でもない。だけどアンタよりは大人なの。長く生きてるからってことじゃないわよ、アンタより人生経験豊富ってだけ」
 魔女なんて言ったらまたぶっ叩いてやるから、などと言いながらも、目は優しげに細められる。
「独りで抱え込んで消化できないなら、吐き出しちゃいなさい。無理に押し込まないで、今は子供らしく駄々をこねなさい。いつかは…独りでどうにかしていかなくちゃいけない時が来るんだから。光、自信を持ちなさい、あなたがあなたであると言う事実に。それは変わらないのだから」

―――デモ、一番笑イタカッタノハ、一番泣キタカッタノハ、コンナ戯言ヲ臆面モナク言ウ自分。

「エドガー…おまえ、意外とイイこと言うな」
 しんみりとした口調で光は言った。
「意外とってなによ、意外とって!失礼ね、クソガキ!」
 エドガーがいつもの口調でそういうと、光もまた、むすっとしたり怒ったり笑ったりして彼の前でいつもの様に振舞う。
 心の内の悩みが消えたわけではない。
 完全に解消されたわけでもない。
 でも、一種の咎が外れたように、僅かながら軽くなった気がする…だから光は言葉にこそしないが、エドガーに感謝した。彼はなんだかんだといろいろと悪態も吐くし、こちらが予期しないような悪ふざけもする。でも、やはり、大人なのだと改めて思った。

「ありがとな」

「は?何か言った?」
 振り返ったエドガーに光はべーっと舌を出した。
「別に何も言ってねえよ!」
「まったく…」
 そんな彼の行動にエドガーは顔をしかめる。
 だが、一段落付いてその場から離れようとした時、少しだけ振り返って呟いた。
「…どういたしまして」
 光はそれに応えることなく、最初と同じようにブリッジに腰掛けた。

 

―――でもまあ、俺もお人よしになったものさ。
 ガキなんかどうでもいい、泣こうが喚こうが、知ったことじゃなかった。
 それなのに、形ばかりとは言えども、あんな風に声をかけるなんて自分でも信じられない。
 でも、それもまた、もう一人の自分が冷静に判断した上での計略なのかもしれない…などと漠然と思ったりもして。
「アカデミー賞ものよね」
―――俺は俺、変わらない事実…それでも、人は変わることがある。
「それもまた、人間だからかな…」
 誰に言うでもなく、エドガーは自虐的な笑みを浮かべて呟いた。

 

END

 

 


まずC5一発目は光の悩みでした。
が、本当の裏の主人公はエドガーかもしれません。

ラスト、エドガー悪い人入ってますな…;
悪人になりきれない悪人ほど悲しいものはありません。
良心の呵責に悶え、偽善者と罵られても開き直り、それでも自身の中で画然とした答えなど見つからないままに、素の自分を隠したまま生き続ける。
いっそのこと本当に開き直って全てを目的の為に費やすことの出来る人間になれれば、どんなに楽だろう。
変わらない事実、自分は自分。でも、自分自身は時とともに、何かある度に、変わっていく。
ある者は期待通りに、ある者は予想に反した飛躍を、ある者は失意と絶望を他人が勝手に思う。

本誌におけるエドガーの行動と言うか反旗と言うか謎の目的と言うか…気になって仕方ありません。
お気に入りキャラだっただけに、マジかよ、ええ?と言う感想を覚えてます。
ただ…雑誌廃刊、ストーリーも中断、続きや結末が気になって仕方ありません。

この話の中のエドガーの言葉は光に向けてであり、自分自身へも向けた辛辣な自己批判だと思います。
果たして彼は何を選ぶのか、どう生きていくのか…

2004/12/9 「チャンネル5/Some say」 by.きめら

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