それが真実だなんて、誰も言ってない。
それが運命だなんて、誰も決めちゃあいない。
俺はそんなもん、要らねえと跳ね除けたかった。
そして、それが出来ると思っていた。

だって、おまえはきっとそう言って笑うのだろうから。

 

南国少年パプワくん あの日、あの島で、僕らは出会った

 

 夕暮れ時に巻き起こる光りの一大スペクタクル…その神秘的かつ幻想的なイリュージョンは観客を感動させ、魅了させるだけに十分な芸術性を秘めて目の前に広がっていた。燃えるような赤、橙色、そして闇へと連なっていく藍色のコントラストは瞬く間に空を占領し、また、それを見やる彼の目も眩しげに細めさせる。
 しかし、その美しい広大な芸術品を眺める観客はたった一人しかいない。
 かつて気が遠くなるほどの昔、此処に生み出された男と同じ容姿の彼だけが、この雄大なる大自然を見詰めていた。

 この光景を見られるのも後少ししかない…そう思うと彼は随分と前に失ったはずの何かを目頭に覚えて、誰も居ないにもかかわらず気まずそうに顔を伏せる。そして、微かに視界を歪めさせるそれが溢れそうになって、彼はもう一度目を瞬いた。
―――なぜこんなにも悔しいのだろう。
 ふと下げた視線に映ったのは、橙色に照らし出されたこの島の白い砂。
 ほんの少しだけ視線を遠くに移すと、自分の足元から遠くへと続いていく砂浜…音を立てて打ち寄せては引いていく波と、まだ昼間の暖かさを保った南国特有の風に吹かれて、さらさらと文様を変えていく。

 南海の孤島に降り注ぐ太陽も、吹き抜ける海風も、賑やかな生物たちのお喋りも、いつしか当たり前のようになっていた。
 殺伐とした心の渇きを潤していくように、それらは一言では片付けられないほどのなにかを与えていってくれた。
―――もう、なにも失いたくはない。
 知らない間に心に棲み付いた思いは、気付かない間に強く、大きく、膨らんでいたのだ。

 誰かが守らなければならない、そして、誰かが守っていた楽園―――例え、その全てを失うであろう未来が用意されていたとしても。

 

 

 砂浜や海の水面と同じように紅く染められた肌、そして今まで信じていた家族の誰とも異なるその黒い瞳が、沈み行く夕日を映して紅く煌く。
 なにが真実で、なにが現実なのか、分からない。
 なにが信じるに足りる存在なのか、分からない。
―――そして、その疑問すらも遥か昔から定められていたと言うのか。
 欲しくもない力も地位も立場も全部受け入れて、それを運命だと言い聞かせた。
 与えられた環境をただなぞって行くだけの日々を、無理やりこなしていた。
 それでも、呑み込めないたくさんのことはまるで喉に突っかかった小骨のように鈍い違和感と痛みを残していって、いつしか石のように凝り固まったまま捌け口を探していたのだ…青い青い光の中で。

 全てを否定し、拒絶し、なにもかも壊してしまうほど憎んだ。

 

 でも、違った。
 信じることを捨て去ったはずなのに、身体は自然に動いてしまったのだ。
 なにも考えてなどいなかった。
 なにも考えられなかった。
 ただ、その恐るべき力を前にしても怖じけることなく自分の身体は自分の意識を通り越して飛び出していた。

―――父さんを助けようと。

 自分を上手く言い包めて切り捨てようとした想いを、無意識のうちに取り戻していた。

 

 それなのに、与えられた答えは無慈悲な運命の賜物。
 信じるたことも命を懸けたことも、全ては間抜けな道化の喜劇。
 用意された真実は誰にも変えることの出来ない、見紛う事なき悲劇。
 手にしたはずの真実は、信じていた自分の手をすり抜けていった。

―――ありえるはずがないと笑い飛ばせないだけの、思いつく数々の思い出があまりに多いのだ。

 幼い頃から異なる自分の容姿、力のない自分を押し潰すだけのプレッシャー、そしてその重責たる将来。
 何かを振り切るように必死に鍛えたこの身体、力を持ったこの手、強い意志と頑ななまでに守り通してきた精神…それが何の意味も成さないのだとは思いたくなかった。それが何も掴めないないのだとは信じたくなかった。
 でも、それも全てがある存在によって予定されていた戯事のひとコマでしかなかった。

 自分は、決められた未来を演じる道化になるしかなかった。

 

 緩やかに流れていると思っていた時間が、本当はとてつもないほど速く過ぎ去っていく。
 光陰矢の如しと誰かが言ったように、今まで揺ぎ無かったこの島も大きな節目を迎えつつある。
 花々の甘い香りも、潮の匂いも、耳をくすぐる草木の歌声も、全ては血塗られた記憶と繰り返される惨劇で穢れることなき楽園を消していく。
「俺が現れたから」
 そう言って自虐的に項垂れる事も、今ではこの上もなく簡単なことだろう。
 誰かが自分を指差し、「見よ、あれが次期総帥となる男だ」と囁く声もないここならば。
 脳裏に響く、「おまえは創られた、ただの番人だ」と囁く声を振り切れた今ならば。
 ここでは虚勢も、強情も、隠し切れない感情を押さえ込む努力も、要らないのだ。
―――ありのままの自分でいること。
 それを教えてくれたあの子がいる限り、自分は決して諦めたり逃げ出したりなどしない。
 出来るはずもない。
 そう、分かっている。

 

 なぜ今になって、その言葉が胸に突き刺さるのだろう。
 なぜ今になって、その言葉がこれほど温かく感じるのだろう。
 自分よりも幼くて小さいはずのあの子…その真摯なほどの瞳が、なぜこんなにも強く感じるのだろう。

 なぜ、大人になったはずの自分が小さく思えるのだろう。

 

 たくさんの言の葉は、たくさんの贈物。
 これ以上ないくらいに自分を変えていった、それは真実。
 例え決められた運命に翻弄されただけの日々だったとしても、それだけは決して譲ることの出来ない自分だけの真実。
 変わらずにいられるものなどないこの世界で、変わらずにいられなかった自分を教えてくれた。
 変わらずにいるものがあるこの世界で、変わらずにいるものを教えてくれた。
 もらったはずの形なき多くのものを、自分は幾つ返せるだろう?
 言い尽くせない気持ちを、どうすれば伝えることが出来るだろう?

―――でも、おまえはきっと、知っていたと笑うのだろう。 

 だから、それでも彼は真っ直ぐに前を見て背筋を伸ばす…海風に揺れる長い黒髪を押さえ、くっと顔を上げた。
 気が遠くなるほどの古から語り継がれる物語が、いつしか終焉へと向かっている。
 そこにあるものたちがどう変わっていくのか、それは誰にも分からない。
 ただ、今は、誰もが我武者羅に生きるしかない。
 全てを否定し、拒絶し、逃げるように壊すのではなく―――全てを受け入れ、選択し、自分の信じ、感じた真実を手にする。
 この手に掴めないもんなんてのは、絶対ありはしないのだ。
 信じたものを投げ出さなければならないことなど、決してありはしないのだ。
 いつまでも…例え、なにが起ころうとも。

 

「今日からおまえも友達だ!」

 

 彼は藍色に染め上げられ、その裾野にちりばめられ始めたたくさんの星たちを見上げると、微笑んだ。
 その先に待ち受ける全ての悲劇を、終わらせる為に。 

 

END

 

 

 


「パプワくん」ラスト近くのシンタローさん。
自分がマジックの息子ではないこと、ましてや青の一族ではないこと、赤の番人であると言われたが実は青の番人の影でしかなかったこと…
それらが分かった後、最後の闘いに向けて決意を固める彼を書きたくてやりました。
すんごく可哀想なんですよねえ、シンタローって。
反目しながらも命をかけて守ってしまった父親なのに、本当は違っていた(コレにはマジックも吃驚だったけど)
その上、一族でもなくて人間でもない、友達になったパプワとは敵対する立場の存在であると告げられて。
シンタローだけじゃなく、皆が本当に見てるこっちがイヤになるぐらい可哀想なんですよ〜(TT)

でも、自分が生きてきた24年間は変えることの出来ない事実だし、誰にも否定できない事実。
血より水の方が濃いって言うぐらいだから、心で互いを親子と思えば本当の親子にもなれる。
知らされていなかった真実があったとしても、自分が選んだ未来は自分のもの―――
パプワと出会い、暮らし、生きてきたことは間違いなく、自分の人生だった―――気づいた時、人は強くなれる。
いろんなことを乗り越えた時、人は強くなれるんでしょう。
パプワくんが残してくれたものは島だけじゃなく、そんな気持ちだったのでは。
なんだか一言では片付けられないたくさんのことを残してくれたような…このマンガの中で最強のは、やっぱりパプワくんですね。

シンタローって強さと弱さのどちらも持ってて、ああ、人間なんだなあと思わされます。
まあ…ナマモノたちの中にいて、人間離れした力も持ってますけど、パプワほど人間離れしてませんし。笑。
シンタローの強さと弱さって、どちらかというと「大人が持っている強さと弱さ」なのではないかと。
非力な子供ではない、けれども大人になったって決して万能になんかなれない。
子供の時に目指した自分の理想の大人と言うのは誰にでもあると思いますが、決して完璧にそうなれるわけじゃない。
大人だって悩むし、苦しむし、絶望だって失望だってする。
自分が可哀想に思えて、悔しくて悲しくて、ダダをこねる子供みたいに泣き喚きたい時だってある。
出来ないことを出来ないとはっきり言えるだけの度胸がない、つまり見栄や虚勢が纏わりついてくる。
気付けば気付くほどイヤになりそうな「大人」の人生ではありますがね(笑)
―――そのままの自分で、いいんだよ。
パプワ島って、そういう風に教えてくれる場所なんじゃないかと思いました。

テレビ版のオープニング歌詞にある、「くよくよするなんていけないよ もう何にも心配いらないよ」という所、
子供じゃないのにものすごく心打たれます。
簡単なことなのに、なかなか出来ないこと。
子供ならそう言われてある程度は実行できるかもしれないけど…
全体を通してコメディタッチの曲なのに、ふとした時に素敵な言葉が入っていて。
それって、柴田先生が描かれる作品の多くに共通される特徴かな、とも思います。
だから、「んばばラブソング」の作り手さんはものすごく上手い!と、そう思えてなりません。

ありゃ、話が脱線しました。汗。
そんなこんなで(なにがや)、シンタローの決意、それを決定付けたのは幼い友人の真っ直ぐで力強い言葉…
間違いなくそこに存在する信頼と友情である、そういう話を書きたくて、書きました。
拙い私の文章では自分が思ったことの半分も描ききれませんでしたが(涙)
もしこれを読んで、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

しっかし、あとがきなんかが長くなって申し訳ありません…吐血。

 

2004/1/4 「南国少年パプワくん/あの日、あの島で、僕らは出会った」 by.きめら

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