SUPERNATURAL NIGHT WALKAR 1

 

塗装のされていない砂利道の悪路を、彼らは車で進んだ。タイヤが砂煙を巻き上げ、ヘッドライトが街灯もない道を照らす。小さな窪みに軽くバウンドして、やがて黒い車体のシボレー・インパラは停車した。
追い詰めた獲物は今、この夕闇に支配された目の前の廃屋に居るのだ。
ディーンとサムは改めて気を引き締め、手にはそれぞれに武器を持って歩き出す。愛用の銃と強靭な矢を携えたボーガン、鋭く研ぎ清まされた大振りのナイフ、それから懐中電灯などなど…奴等を相手にする時には必ず用いた道具を準備している。
奴等には、日光も聖水も十字架も大蒜も効かない。ましてや神様へのお祈りだって意味をなさない、お伽噺通りにはいかない連中だ。仕留めるには、確実に追い詰めて首を切り落とすと言う至ってシンプル且つ残虐な行為のみだった。
乾いた地面に残された足跡はふらつきながら廃屋に続き、それに沿って赤黒い滴りが点々と続いている。目でそれを確認しつつ、二人は武器を構えて半壊したドアの傍に辿り着いた。壁を盾に中を窺い、ディーンは無言のまま目配せする。
手負いのターゲットは直ぐに発見された―――廃屋の一番奥の部屋で壁を背にして、"リリー"は自分を追い詰めている人間たちを激しい憎悪の目で睨み付けていた。その怒りと恐怖の唸り声を上げて威嚇する様は、最早かつて人間だった事など微塵も感じさせない。銃を構えたディーンの前に佇む彼女は、あまりに蒼白とも言える顔に相反する充血した赤い目を向けている。写真に今も残されている明るい美しさはどこにも残ってはいなかった。
彼女は問う。
「どうして?」
じりじりと間合いを詰める兄弟を見詰め、彼女は悲しみに満ちた表情を浮かべた。
「どうしてなの?」
忌むべき者を射抜く様に睨み、狙いを定めて対峙するディーン。その容赦のない鋭い眼差しが彼女の身体に突き刺さる。
「どうして私をそんな目で見るの?」
血の渇きに飢えた吸血鬼はかつての被害者なのだ―――今や加害者ではあるが。こんな姿に成り果てた発端には同情するが、彼女が選んだその後の生き方や存在の仕方を考えれば気にするだけ無駄なことの様に思えた。若く美しい容姿に惑わされた街の男達や、抵抗力の弱い子供達…その何人もの人間を文字通り"毒牙"にかけてきた彼女に、もはや情状酌量の余地は無い。
「君は関係のない人々まで傷付けた、それは許されない」
まるで自殺志願者を説き伏せる様に穏やかで悲しげな色を滲ませた声が紡ぐ。サムは兄と同じく彼女を追い詰めながらも、痛みを映す瞳で見詰めていた。
―――悪いのはあいつらなのに。
その声は直接脳裏に響き、怯える彼女は徐々に再び怒りに燃える凶暴な色を瞳に蘇らせた。
「私は悪くない!」
彼女は鮫の様に鋭い歯を剥いて吠える。
「皆、そう言うのさ」
ディーンは冷たく言い放つと引金を引いた。一発、二発…廃屋に銃声が響く。

弾を心臓に撃ち込んだ後、倒れた彼女を素早く抑えて首を切断し、彼らは狩りの痕跡を跡形もなく消すためにその死体を外に運び出すと火を付けた。撒いたガソリンに引火して燃え上がる炎柱は風もなく揺らめき、明々と照らされた二人はただ静かにそれが燃え尽きるのを待った―――鼻を突く臭いは紛れもない人間のそれであると気付きたくなかった。
一連の作業をする間、彼らは一言も口を訊かなかった。何かくだらないジョークの一つでも言った途端、この一見グロテスクでサイコな行動に嫌気が差しそうだったからだ。 やがて長い夜が終わりを告げる頃、木々の間から東の空が白んで来る。
宵明けの鳥の鳴き声が聞こえ、事件の終焉を告げていた。

 

今日はモーテルのベッドで手足を伸ばしゆっくり眠りたい、そんな希望を口にしたのは兄ディーンの方だった。反対する要因など一つもなかったサムは、即座に賛成した。昨夜は一睡もしないで街から野山まで狩りで駆けずり回ったのだ、泥の様に疲れていて眠いのだ。
朝方から休みなく移動して、昼時に通りがかった店で飯を食い、取りあえず交代で仮眠して、二人はまた車を走らせる事の繰り返し。今は急いだ旅ではなかったが、それでもなるべく早くに狩りをした街からは立ち去りたい―――いつものカード詐欺もやったし、夜中に銃をぶっぱなして走り回った。警察等から言わせれば立派な犯罪行為のオンパレードなのである。器物破損、不法侵入、武器の不法所持、それから死体損壊…たぶん余罪はまだまだある。極力、人の目を避けてはいたが、見られていない保証はどこにもない。しかも狡猾な吸血鬼は普段、人の中に紛れて暮らしている。行方不明の若い女性と、突然現れた謎の男二人組では怪しすぎる。
適当なところで見つけて入ってしまおう、そう宣言したディーンはハンドルを握りながら助手席のサムに言った。
「もしなかなか見つからなかったら、途中で運転代わってくれ」
「分かった」
答えたサムは生欠伸を噛み殺して頷いた。
だが、どちらにしろそんな交代の機会は訪れず、彼らはほどなくして道路脇にライトアップされたモーテルの看板を見付けると、躊躇なく車を駐車場へ入れた。

「ごめんなさい、空いてる部屋がこれだけなの」
カウンターの女性は曖昧に愛想笑いを浮かべて、唖然としている彼らの顔を見やる―――勘弁してくれ、二人組の男の片方が呆れて顔を逸らした。
彼女は最初は何の疑いもなくその問題の部屋を案内した癖に、戸惑いながらも慣れているのか落ち着いて「兄弟だ」と言う二人に、すまなそうな顔で冒頭の言葉を告げたのだった。
「この小さい町じゃモーテルはウチだけだし、次の町までは何百キロも行かないといけないし」
冗談、と呆れた様子のディーンに、サムは同じように思いながらも何も言わない。否、何か言うだけの元気がないだけで、その顔が不服そうなのは見て取れる。
「キャンセルが出たらすぐツインの部屋に案内するわ」
しょうがないな、と目を向けるサムに、ディーンは女性へ「是非そうしてくれ」と言った後、彼は差し出された鍵を引ったくる様に取った。
開口一番、ディーンの呆れた呟きが部屋の中に響く。 「マジかよ」
ドアを開けた二人は数秒の間、言葉を失って入口で固まった。どう見てもカップル用に設えられた室内が目の前にある。
「ありえねぇ」
ディーンはもう一度呟くと、二の句を継げずに黙る。
疲れてるんだ、もうなんだっていい、そうすぐにサムは割り切って部屋に入ろうと決意する。いつまでも入口で佇むディーンを横目で見ながら、戸口を通ろうと無理矢理身体を部屋へ滑り込ませた。
それでも未だに仁王立ちのままのディーンに気付き、なにしてるんだ?と振り向くと、彼は肩にかけた荷物を持ち直すと憮然とした顔で言った。
「俺は車で寝る」
「なんで?」
ベッドでゆっくり寝たいのは同じだろうに…と、そんな事を言う兄をサムは小首をかしげて見やる。だが、ディーンは部屋の中を手で指し、それも部屋の中心的存在の"それ"に注視した。
「キングサイズベッドだ、ワォ。冗談じゃない」
「広いんだから端と端で寝ればいいだろ」
「いやだね」
断固として拒絶するディーンはくるりと背を向ける。その背中にサムは言った。
「昔は一緒に良く寝ただろ?」
「そりゃ、ガキの頃だけだ。しかも、怖い夢を見たとか言ってベッドに潜り込んできたのはいつもおまえだろ、サミー?」
「……サミーって呼ぶなよ」
ディーンは部屋を出ると一度立ち止まり、諦めて見送るサムに振り返った。
「独り寝が寂しくても、呼ぶなよ」
その多分にからかいを含んだ言葉と目に、サムは「よせよ」と顔を逸らす。
それからディーンはドアを閉めながら言った。
「荷物を車に置いたら、後でシャワー使うから、まだ鍵閉めるなよ」

ベッドサイドに設置された小振りのシェードランプを何気なく眺めて、彼は大袈裟な溜息を吐くと隣に目を向ける。
「で、結局こうなる訳か。楽しいね、まるで女の子のパジャマパーティーだ」
ちっとも楽しげでない顔付きだった。この後に及んでまだ減らず口を叩くディーンに、サムは呆れた顔で言う。
「そんなに嫌なら車に戻れよ」
「おまえが戻れ」
寝返りを打ったディーンがにべもなく言い捨てる。そんな、すでに自分にとって寝心地の良い体勢を確保しながら文句を言うディーンに、サムは閉口した。
なんだかんだ言ってもベッドと車の硬いシートとでは、おのずとどちらがいいかなんて分かりきっている。一度ベッドに寝転べば、今までの溜まった疲れもあって、よもや今から車に戻る気など起きはしない。そして今、"不本意ながら"仲良く並んで、大の男が寝ている訳だ。ちっとも笑えない。
明日この部屋を片付けにきた従業員は、結局なんだかんだ言っても二人は最初に思った通りの関係なのだと完璧に勘違いするかもしれない―――早起きしてベッドを整えてから部屋を出よう、そうサムは思った。
それから彼は、昨日の狩りの事を思い出してぼんやりと天井を見上げる。いつもは「引き摺らず、早く忘れちまえ」と言うディーンの言葉通りに努めていたが、何故か彼女の起こした事件は忘れられなかった。"最後の処理"があまりに印象的だったからかも知れないが。
サムはそっと、隣で横になっている兄を呼んだ。
「ディーン」
「なんだよ」
「いくら何でも、そんな端に寝てたらベッドから落ちるぞ」
「うるさい」
ちらりとそちらに目を転じれば、意地になってるのか、サムからギリギリまで離れる様に隅の方で横向きにディーンは寝ている。
「…勝手にしろ、もう」
別にその方が自分も広く使えるから構いはしない。だから、特にその事を追求する気も起きず黙った―――そんな弟の不遜さに鋭く勘づいたのか、不意に身動ぎしたディーンは、気付いて顔を向けたサムの方へと寝返りを打つ。
兄と真っ向から見合う様な体勢になり、サムは目を瞬いた。
「近くない?」
「おまえがそうしろって言ったんだぜ?」
いや、そうは言ってないんだけど…とサムは無言でディーンに言う。
不意に手を伸ばして来たディーンは、呆気に取られるサムの頬を撫でた。何事かと訝しむ弟に、彼はにやりと悪戯好きな笑みを浮かべる。
「冷たいなぁ、ハニー」
「笑えない」
「あっそ」
暗に気色悪いと切り捨てるサムの冷たい目付きに、とっととディーンは質の悪いジョークを引き上げた。我ながら趣味の悪い冗談だと思ったからだ。
元の位置に戻って身を横たえている兄の背を眺めながら、サムはふと思い出した様に口を開く。
「なあ、昨日のヴァンパイアの事だけど…他に方法はなかったのかな?」
リリーはほんの1ヶ月前まで普通の女子学生だった。そこそこ異性にモテる、明るくて美人で友達も大勢いて、話す事はファッションに恋愛にちょっとばかり勉強の事―――そんな、何処にでもいる女の子だったのだ、血に飢えた獣に変貌する前までは。
これまでにも吸血鬼を相手にした事はあったが、彼女の様にあからさまな"吸血鬼"は見たことがないとサムは思った。本来の吸血鬼は捕らえた獲物である人間から何日にも渡って血を啜る。だが、彼女は古くから伝えられる眉唾物の絵物語の如く狩りをを楽しみ、無駄な殺人を繰り返した。何故あそこまで逸脱した凶行を犯したのか、やはりサムにはまったく理解出来なかった。
―――まるでコミックキャラクターの様だ、同族殺しのヴァンパイアハンターに出てくる映画の…なんだっけ?
映画やドラマの事ならくだらない物でもディーンの方が詳しい。聞けば答えが返ってくるかもしれないが、サムは別にそこまでしようとはまったく思わなかった。ともあれ、彼女を吸血鬼に変えた親玉は依然と行方知れずである事の方が気がかりだった。もしかしたら長い旅の間に何処かでぶち当たる事になるかも知れない。
「他の方法って?」
感情を含まない声でディーンは問い返す。
「なんて言うか、どうにかしてやれなかったかなって」
助けられるなら助けたかったとでも言うのか…サムの独白めいた言葉に、ディーンは小さな溜息を吐く。
「ああなっちまったらどうしようもない。誰も何も出来ない。静かに眠らせてやるのが一番だ」
あまりに割り切ったその答えはハンターらしい考え方だ。それに、あれほど凶悪な化け物に変わってしまったのなら、致し方ないとも言える。
だが、そう分かっていてもサムは複雑な気持ちになった。どんなに当然な事と頭では理解していても、どこかでわだかまりを覚えずにはいられないのだ。最近は前にも増して彼の中で一際増大する、巣食って取り払えない疑念と不安にどうしても繋がってしまうから。
「もし、僕が人じゃなくなったら、僕じゃなくなったら…」
―――殺してくれる?
その質問は最後まで紡がれず、ディーンの「馬鹿」の一喝に断ち切られた。
「例え話しさ」
誤魔化す様に明るく言うサムに、ディーンは「意味ないね」ともう一度釘を刺し、言った。
「おまえはおまえだ、変わらない。俺の弟だ。そして、あのジョン・ウィンチェスターの息子だ」
それは力強く温かい、兄の言葉だった。ジョンの息子であること、ディーンの弟である事が…時に反発したり反抗もしてきたけれど…やはり、自分にとってとてつもない誇りなのだと再認識する。そう思われていると言う事が、とてつもなく心強いと思う。
「ディーン…」
「大体、おまえみたいなとことん甘ちゃんが、どんな風に変われるってんだ、サミーちゃん?」
いつも、一言多い―――そう思って口をへの字に曲げるサムだったが、それでも、叩かれる小憎らしい軽口が何気ない兄の気遣いだと分かっていたから、何も言わずに我慢した。
「くだらない事言ってないで寝ろよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
そう言った僅か後、ディーンはすぐに小さな寝息を立て始める。そんな寝付きの良さにサムは苦笑すると、彼もまた、眠ろうと努めた。すぐ傍に兄がいると言う安心感を確かに覚え、今日は悪夢が訪れないように願って目を閉じた。
静けさに満ちた室内で、二人はやがて微睡み始める。窓の外では平穏な夜が世界を支配し、弱い夜風が仄かに木々の葉を揺らすだけだ。久々の穏やかな夜だった。

何時間過ぎただろう、すっかり寝入った二人の部屋に一つの影が忍び寄っていた。いや、一つ二つではない。入口のドア付近と反対側の窓の外、それぞれにそれらは油断なく歩み寄る。
不意に、夜鳥の鳴き声が止んだ。
―――何か居る。
そう気付いた兄弟が枕の下にいつもと同じく隠し持った武器に手を伸ばす。揺れるカーテン越しに、窓辺に写る影が見えた。
完全に目覚めた二人が目配せして、部屋に一つしかない窓と扉へ忍び寄った。互いに定位置についた事を確認し、頷く。二人は自分が請け負った窓と扉を同時に勢い良く開け、銃口を油断なく構えた―――何者もいない空間に。
つい一瞬前までは、薄い安価なドアの一枚隔てた向こう側に気配を確かに感じたのだ。何処にも身を隠す場所などないし、それも一瞬で逃げ込める場所もない。訝しげに何度かドアの外を確認するも、やはり何者かの姿は見受けられなかった。
どういう事だ?と顔をしかめたディーンは改めて部屋の外を睨み、振り返ると同じく何も発見出来なかったサムの肩を竦める姿を見る。
その時、頭部に激しい痛みを覚えて、ディーンは目の前に火花が散った様な気がした。何もいなかったはずの戸口の前に突如として降り立った影が背後から彼を殴り倒したのだ。
崩れ落ちるように床に倒れ込んだディーンが意識を失う寸前に見たのは、同じく窓から侵入した影に殴られて、気を失うサムの姿だった。

 

つづく

 


何故か女性向けな小ネタシーンが…

2007/9/18 BLOG掲載

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