SUPERNATURAL NIGHT WALKAR 2

 

暖かい、そう始めに感じた。まるで寒い夜の暖炉にあたっている様な、そんな感覚だった。
気が付いたディーンは後遺症の様にガンガンと頭が痛むのを感じて目を瞬かせる―――次第に焦点が合い、曖昧だった景色がはっきりと実像を結び始めた。
そこは一見して、普通の民家のリビングの様だった。何処かの廃屋だとか秘密の隠れ家らしくもない、多少広いが変わった所はない部屋である。思った通り、壁際に火の灯された暖炉が明々と部屋を照らしている。
木目の床に視線を落とし、彼は違和感に身動ぎした。身体の自由が効かない事に気付いて、顔をしかめる。椅子に縛り付けられているのだ。ご丁寧にも足元も椅子の脚にくくりつけられている。
首を回す様に音のする方へ顔を向ければ、そこに何人もの人影が自分と少し離れた場所で集まっているのを確認できた。男が6人と女が3人…いや、彼からは見えない場所にはもっといるかもしれない。
「目が覚めたか?」
不意に振り返った一人の男は、睨むディーンへゆっくりと歩み寄りながら言った。うんと若くも見えるし年上にも見える、すらりとした長身の男だ。端整な顔立ちに薄い笑みを浮かべている。
気取った野郎だ―――ディーンは心の中で皮肉る。それより、サムは何処だろう?
「ようこそ我が家へ。手荒な迎えで悪かった」
サムを探して目を逸らしかけたディーンに、男は両手を広げてゲストを迎えるホストの様に微笑む。意識をそちらに戻したディーンは、ようやくありつけたモーテルでの休息を奪われて、心底不満な表情を浮かべた。
「勘弁しろよ、俺達は"24"じゃねぇぞ」
そんなくだらない辛辣なジョークは気にも止めず、男は相手が自分に気を向けた事を満足そうに見留めてから言った。
「ところで、リリーを覚えてるか?」
誰だったか…そう思いながら顔をしかめたディーンに、彼は吟うように言う。
「可愛いリリーさ、おまえたちが何の躊躇もなく残酷に殺した女の子さ」
気付いて、ディーンは口を閉じた。昨日の狩りの事だと分かった。
「復讐したいってのか?はっ、冷血な化け物がお優しい事で」
満面の笑みを浮かべて軽口を叩くディーンに、そこにいた"人の姿をした"者たちが一斉に獰猛な怒りをたぎらせる。それを男は手をかざして留めると、内心はともかく、脅えた様子も見せない堂に入ったディーンの姿に感心した様に細めた目で見詰め、更に近付いた。
完全に見下ろす形で彼はディーンの目前に立ち、初めて冷徹さを目に煌めかせる。
「いいか、ウィンチェスター。我々は冷血でも化け物でも、ない」
そうかよ、と低い声でディーンは吐き捨てる―――その目が怒りでも憎しみでもない色を映しているのが何なのか分かりかねたが、何にしても自分達が狩らなければならない吸血鬼である事に違いはない。そう思って違和感を振り払って彼は見上げた。
「君たち兄弟は有名だ、若いのに優秀なハンターらしいな」
「それは光栄だな」
化け物にまで知られているとは―――とは言わずに、ディーンは笑った。
ふっと男は半歩離れると、自分を油断なく見ている彼の周りを一定の距離を保ちながら円を描く様にゆっくりと歩き始める。
「何百年も隠れて生きてるとな、無性に人恋しくなる事がある。おまえだって寂しいと思う事があるだろう?旅から旅に流れ、友人も家も持たない。自分達が追って追って追い詰めて断罪していると思っている、その化け物と同じさ。誰にも理解されない隔絶された世界で生きるしかない、なんとも寂しい人生だ…酒を呑んでもいい女を抱いても、決して拭えない孤独感に、ふと我に返った時、襲われる」
周りをゆっくり歩きながら語る男を目で追うディーン。目があった瞬間、彼は皮肉屋らしい笑みを片頬に作る。
「良く喋る口だな、くだらない事をベラベラと」
「そうか?」
クールな微笑を浮かべた男はそう言った後、仕切り直す様に笑みを消した。
「まぁ、いい。とにかくおまえたちはリリーを殺した。おかげで仲間が減った。寂しくて寂しくて、仕方ないよ…また誰かを仲間にしたくなるぐらい」
脅す様に彼は物騒な事をディーンの耳元に囁き、身を離す。見上げたディーンは少しも笑わない目をして笑った。
「ああ、そうかい。じゃあ俺におまえらの腐った生き血でも飲ませるつもりか?」
男はゆっくりと首を振る。
「いいや、君は血の気が多すぎて理想的ではない」
―――理想?
訝しむディーンの前でちらりと彼が目をやったのは、少し離れた場所に同じく椅子に縛り付けられたサムだった。彼も今は目を覚まし、何が起きているのかと注意深く様子を窺っている。
無事か、そう叫びそうになってディーンは言葉を飲み込んだ。弱点を曝す様な真似は出来ない、逆にサムを危険に晒す事になるからだ。現に吸血鬼の女が自由を奪われているサムの肩にしなだれかかって、ディーンを挑発する様に見ている。
不意にとてつもない不安を覚えた―――まったくもって、全身の血が引くような嫌な予感だ。まさか、そう睨む先で男は薄く笑っている。
「彼、すごく可愛いわ。美味しそう」
女は艶っぽく笑みを浮かべて言った。
「ルイス」
名を呼ばれて振り返り、彼は仲間が差し出した柄に優美な装飾が施されたナイフをまるで貴族の様に受け取る。鞘から取り出された刃は薄く、一見しただけでも良く斬れそうだと分った。白銀の光を冷たく纏うそれを弄びながら、彼は独り言の様に言葉を紡いだ。
「実を言うとリリーには我々も手を焼いててね…彼女はどうもお伽噺を信じ過ぎていたよ。我々は生き延びる為に様々な苦労をしてきたし、努力もした。絵物語の様な想像はよしてくれよ」
「やめろ!」
ディーンが怒鳴るのとルイスが振り向き様にナイフをサムの喉元に突き付けるのは同時だった。だが、刃は寸でのところで止まり、サムの首の薄皮を少し切っただけだった。
「死は怖いだろう?」
言葉の意味とは裏腹に、優しげな声が尋ねる。サムは唾を飲み込んで身体を強ばらせ、電灯の明かりを反射して自分の顔を照らす、その鋭利な凶器をじっと見下ろした。 ディーンは歯を食いしばり、拘束された手でぎゅっと拳を握ってルイスを睨み付ける。その様は先ほどまでの余裕など欠片もなく、目は怒りに燃えていた。
「弟に何かしてみろ、殺す」
その目は本気だった。例え現実では無理でも、その意思は紛れもない真実だった。
「なるほど。冷血なハンターも身内が殺られるのは嫌らしい」
何が愉快なのか、ルイスは小さく笑うとサムからナイフを降ろす。そしてそれを左腕に宛て、そっと縦に引いた。途端に、白い肌に目にも鮮やかな紅い線が現れる。
痛々しいまでの傷口のまま、彼は言葉もなく様子を窺っているサムに近付いた。右手をサムの顎に添えて顔を上に向かせ、その頭上に傷付いた左腕を掲げる―――伝う血が滴となって、精一杯の抵抗を見せて顔を背けたサムの頬をポタポタと濡らした。
「…サムを離せ」
獰猛な狼の様に低く唸る声で、ディーンはルイスの背中に言う。だが、彼はまだ振り向かずにサムに顔を近付けた。
「そんなにヴァンパイアになるのは嫌か?ハンターから、ハンターに追われる身になるんだ。ぞくぞくするだろう?」
それは、安住の地を何度も追われ続けて、傷付いた者の皮肉だった。
訝しむサムが振り向くより先に、ルイスはサムから離れるとディーンを振り返る。食い入る様に鋭い目が自分を見詰めている、それを彼は気に止める事なくハンカチを取り出すと傷口の血を拭った。血の後を拭き取るとすでに傷はなくなっている。
「化け物め…」
「今の失言は聞かなかった事にするよ、ウィンチェスター」
血の付いたハンカチを投げ捨てたルイスは、サムを痛ぶる様な真似に心底腹を立てたディーンの激しい憎悪の眼差しを平然と受け止めた。
「正直言うと、リリーの事は感謝している。彼女を仲間にしたのは間違いだった。我々は無駄な血は求めない。今は科学も医療も進んでいるんだ、血を死なさずに保存する手段はある。もう人を襲う必要はない。それでも彼女は…聞かなかった」
「まるで映画の話みたいだ」
ルイスがサムから離れたや否や、ディーンは直ぐ様いつもの調子に戻っていた。だが、油断もしはしない。何より、仲間を殺られて平然としている様な正真正銘の化け物に何故油断出来ると言うのだ。
「真実は小説より奇なり、だよ。ウィンチェスター」
出来の悪い生徒を教える様に、ルイスは人差し指を軽く振って言う。
「彼女を愛していた、それは本当だ。愛らしい娘だった。普通の暮らしを奪って悪かった、そう思っている。どんなに本人が…望んでもな」
「…だから?」
「永遠の眠りについた彼女が、穏やかな魂でいる事を祈っているよ」
そう言ったルイスやため息混じりに目を伏せた面々の目が、事の外哀しげで痛ましく、優しい色を映しているとサムは気付いた。決して上辺だけの演技ではない、言い表せない感情の渦を静かに湛えていた。それにディーンが気付いたかどうかは分からないが、困惑を覚えているのは確かだった―――サムは対峙する様に見合う二人を交互に見詰める。
唐突にその無言の睨み合いを切り上げたのはルイスだった。踵を返し、それに倣って皆が立ち上がる。サムから離れた女もするりと肩に回していた手をどける。
「…何処へ行く?」
「頼むから、我々を見逃してくれ」
「はっ、誰がそんな事…」
「分かってるよ、ハンターは執念深い。だからこうして話す機会を持ちたかった」
鼻で笑ったディーンの悪態を遮ってルイスは言った。
「後で人を呼んでやる。このまま見逃してくれ。それだけが我々の望みだ」
「虫のいい話だな」
「現に罪を犯したリリーは君達人間の手で報復の制裁を受けた。我々は人間を襲ってはいない…君たちが何もしなければ、何もしない。静かに暮らしたいだけだ」
逃げ回るのに疲れたんだ、そう彼は呟く姿は外見とは異なる老人の様だった。そして、彼を取り巻く全てのバンパイアが、同じくうつ向いて痛みを負った瞳を伏せる。
彼らが残虐に獲物を狩る獣の様に、今やサムには見えなかった。ただ、追われる事に苦しむ流浪の民の様だと思った。
「さよならだ、ウィンチェスター」
最後にそう告げたルイスはドアへと歩き出す。彼らは縄をほどこうと独りもがくディーンと静かに彼らの後ろ姿を見詰めるサムを残し、立ち去って行く。やがて、閉じられたドアの向こうの足音も遠のいて行った。
ディーンは悔しげに唸った。
「何が人は襲わないだ。くそ、捕まえてやる」
奴らを取り逃がして野放しにすれば、一体どれほどの被害をもたらすのか見当も付かない。下手をすれば仲間を増やして更に悲惨な状況になりかねなかった―――早く追わなければ。
だが、サムは何故か落ち着いた様子で、そんな兄を見やっている。どうした?とディーンが尋ねるより先に、彼は言った。
「ディーン、もし彼らが言ってた事が本当だったら?」
「何言ってんだ、そんな訳ないだろう?」
「でも、万が一…」
「あいつらは化け物だ、何をどうしようが変わらない。始末するだけだ」
それより早く縄脱けしようと提案するディーンに、まったく聞く耳を持たなそうだと判断したサムは落胆する様に顔を背ける。
「なんだ?まさかあんな奴らを信じるのか?」
「考える余地はあるよ。現に僕らは殺されてない。簡単に出来た筈なのに…ハンターを逃すなんて」
彼らにも、ハンターを殺さずにおくなんて恐ろしさは分かっているはずだ。必ず追って来て、始末しようとされる。例えハンターを殺しても、その仲間か外のハンターが追い続けるだろう。
「油断させて、襲うつもりかも」
二人を生かしたバンパイア達の真意を考えていたサムは、変わらないディーンの皮肉に思わず眉根をひそめて振り向く。そんな弟に、ディーンは言った。
「何にしても早くここから逃げ出そうぜ」

脱出した二人が急いでモーテルに戻ると、どう言う訳か部屋の中の道具も車の中の武器もまったく手付かずで残っていた。念の為に中を開けて確認したが、いじられた形跡もない。しかも侵入時に壊された窓は直されて、そこら中に散らばっていたガラス片も綺麗に掃除されている。
「こりゃなんだ?俺達は夢でも見てたのか?」
だが、縛られていた時の腕の痣はまだ残っているし、顔を洗った後もサムの服に着いた血痕は落ちずに残っているのだから、決して夢などではない。
警戒と戸惑いを覚えながら部屋の半ばまで踏み入った二人は、床に落ちていたメモを見付けると立ち止まった。ディーンはそれを拾い上げると、短く口笛を吹く。
「ごめんねってさ、別れ際の女みてぇ」
訝しむサムはディーンの隣に来ると、その手にある紙切れを覗き込んだ。謝罪の言葉と共に、追うな、忘れろ、これは警告だ、と書かれている。
「ギャング気取りのガキかよ」
「でも、実際にあれは警告だった。そうじゃなければ、僕らはここに戻って来れなかった」
「かもな」
ともかく、出来るだけ早くここを出ねばなるまい。宿泊場所が知られていると言う事は、二人が気付くよりずっと前から奴らに監視されていたと言う証拠だろう。今もきっと、何処か近くに見張り役がいるに違いない。
二人は素早く荷物をバックに詰め込むと、その部屋を後にした。

 

街の中心部にほど近い、公立施設が集まった場所に彼らは向かった。その中には図書館、病院、警察署ももちろんある。
路肩に止めた車の中で街並みを眺めていたディーンは、戻って来たサムが助手席へ乗り込んで来るのを振り返った。
「何か分かったか?」
「この一帯で起きた事件の目撃証言は全て一致している。黒髪の若い女、リリーだ。殺害現場でも他の共犯者の姿はなし」
それはすでに調べ終わっていた内容だったが、念の為に再度確認してきたのだった。
「リリーを残して隠れてたんじゃないか?あいつら頭がいいからな」
「じゃあこれは?噛み傷は一ヵ所、或いは数ヵ所の場合も全てが同一の歯形」
多分な皮肉を含んだディーンの意見に、サムは検死報告書を片手に言う。
「なあ、何かおかしいよ。バンパイアは何人もいるのに、被害者の数が少なすぎる」
「もし仮にリリー独りがやったとしたら、逆に数が多い」
サムの疑問もさることながら、答えたディーンの言葉も正しかった。
「…訳が分からないよ」
サムは首を振ってうつ向く。
「何処かに死体を隠してたり?」
「行方不明者リストも見たけど、どの州と比べても平均的だよ。何か"悪いもの"が関わっている様には思えない」
それはもちろん、他の"多数のバンパイア"の事も含んでいる。
この街の状態は、あまりに普通過ぎる"異常"だった…もし彼らが人外の存在を知らず、また、ここにそれらが居る事を知らずにいたら気にも留めなかっただろう。だが、現実にそれらは存在し、この街に潜み、生きている―――だとしたら、平穏すぎる日常風景は一種異様な紛い物の様に二人には思えてきた。
「どうなってんだ、一体?」
誰に言うでもなくそうぼやいて、ディーンは車のエンジンをかけた。とりあえずの調べ物は終わったことだし、早くこの場から離れたかった―――きっとまだ、後をつけている輩はいるはずだからだ。
「どうするつもり?」
資料に目を落としながら尋ねるサムに、ディーンは車体を車道に出しながら言った。
「直接聞きに行く、目撃者にな」

サムは騒音に顔をしかめ、ごった返す人混みを掻き分けながら中を進んだ―――まともに、大音量を鳴らす巨大なアンプの真横に行き当たってビクリと彼は肩を竦める。
彼らは今、訪ねた目撃者宅で当の本人がいると教えられた場所に来ていた。騒ぎ好きな若者がこぞって夜に繰り出すクラブだ。近隣の街の中で今、一番にホットな場所だと言う。サムはあまりこう言う場所は好きではなかった。仕方なく大学の友人達に付き合った事もままあるが、出来れば部屋に帰って勉強してる方が落ち着くと思ったものだ。若者らしくないかもしれないが、嫌いと言うよりどうしても苦手なのだから仕方ない。
サムははっとして振り返り、辺りを見渡す。先ほどまですぐ前を行っていたはずのディーンの姿が消えていた。
「ディーン?ディーン!」
だが、その呼び声もはしゃぎまわる人の群れや音楽の為に潰されるだけだった。彼は視線を四方に向けながら、慌ててまた歩き出した。
ディーンはサムとはぐれた事に気付いて、足を止めた。ほんの少しだけ不安を覚えたが、あえてそれを気にする素振りを隠す―――小さな子供じゃないのだから、心配しなくても大丈夫だろうと考え直したからだ。それから彼はカウンターに近付くと注文し、バーテンは彼に頷いた。
「嫌いじゃないね」
カウンターに背を預けて、ディーンは広いホールを眺めて笑みを浮かべる。なるほど、来ている女達も"ホット"だ。
不意に隣に立った人影に目を向ければ、彼は思わず見惚れそうになる自分に気付いた。身体のラインが良く分かるぴったりしたTシャツにスリムジーンズを着た彼女は、肩にかかる長いブロンドの髪を手で抑えて、カウンターに寄りかかる。ライトに照らされる顔は何処かミステリアスな雰囲気を醸し出している、誰が見ても美女だ。
視線に気付いた様に振り向いた彼女は、ディーンに小さく微笑んだ。
「こんな所で何してるの?」
「ツレとはぐれて、待ってる」
「そう」
ツレがいると聞いた彼女は興味無さげに彼から視線を外した。どうやら女と来たと思われたらしい…そう気付いて口を開きかけた途端、彼女は唐突に振り返る。
「サミーね、確か」
その言葉にディーンは笑みを引っ込め、明確な緊張を宿らせる。普段の彼らしくない鋭い目付きで女を睨んだ。
「何の用だ?」
彼女は騒音を避ける様にそっと顔を近付けると、事も無げに言う。
「見張り役なの」
やはり、そう思って、ディーンは身構えた。
「もう、この街を出て。いつまでも留まる必要はないでしょう?」
「それはそっちが決める事じゃないな」
「そうかしら?貴方達の為よ」
大人しく立ち去れば見逃すが、さもなくば…と言う事か。
「脅しか?」
「そうよ」
「余裕ねぇな、案外」
「ええ…私達も必死なのよ。出来れば誰も傷付けたくないの」
彼女は変わらぬ艶やかな笑みを浮かべたまま、やんわりとディーンの胸元に指先を突き付ける。
馬鹿騒ぎの続く室内で二人は黙ったまま、二人にしか分からない緊迫を感じながら対峙した―――サムが人を押し退けて顔を見せるまでは。
「ディーン、何してるんだ?」
目を離している隙にまたか、と呆れ顔をサムは浮かべたが、彼女はちらりとそちらに笑みを向けると何事もなかったかの様に離れていく。顔をしかめて振り返るサムに、ディーンは愛想笑いを浮かべた。俺は悪くない、両腕を広げて彼はそう表現した。

結局、ようやく捕まえた目撃者からも報告書以上の事は聞けずに彼らは野外へ出た。外にいてもまだビートの効いた音が聞こえて来ていたが、それでもさっきよりは話すのにマシだ。ディーンは先ほどの美女が何者なのかの推測もついでに言った。
「完全に後手に回ってる」
聞き終えたサムは浮かない表情で呟く。思った通りの奴等の動きには苦々しい気分になった。
だとしても、彼らの行動には不可解な点が多い。隠れて監視するならまだしも、相手がハンターだと分かっていて容易に正体を明かしてくるなど…万一知らずに獲物だと思って近付いたのなら、まだ分かるが。
ディーンはサムに続いて言う。
「目的が見えないな」
確かに理解し難いけれど、と不意にサムは気付いた。
「彼が言った事…僕らが捕まった時の。それが本当の願いだったら?」
「馬鹿言うな、化け物だぜ」
サムが思い起こしたルイスの言葉からの仮定を、ディーンは一笑に伏す。
「本当にそう思う?だったら、全然分からないよ。もしかしたらって思えない?」
「"もしかしたら今まで殺して来た存在の中に殺す必要がない奴がいたかも知れない"ってアレか?思えないね」
被せる様に言い捨てるディーンの、取り付く島もない言い種にサムは口を閉じた。
ディーンは黙り込んだ彼から視線を外すと、呟く。
「だけど、解せないのは確かだ」
それは紛れもない本心だった。
あまり防音に役立ってもいない見てくれだけの二重扉が開いて、小柄な人影が出てくるのを二人は眺めた。内部からの逆光もすぐに治まり、やがて街灯に照された彼女は迷いなく真っ直ぐに向かって来る。
「まだ居たの?」
「そっちは俺達を付け回してるんだろう?逃がす所だったぜ」
「人をストーカーみたいに言わないでよ。別にいつも見張ってる訳じゃないわ」
不服そうに彼女は口を尖らせた。
端から見れば何の事はない会話にしか見えやしない、それをサムは些か不思議な気分で聞いていた。魔物を躊躇なく狩るディーンと、対する標的であり人外の脅威になりうる彼女との間に、今までの狩りの中では決して感じた事のない様な空気が微かに流れるのを覚えたのだ。
「何にしても、早く立ち去る事ね」
「バンパイアは一匹も逃さない」
「それは残念。あなた達が現れた時に、すでに半分以上の仲間が街から逃げたわ」
「残っている連中だけでも始末するさ」
「嬉しくない言葉ね…まずは私から?」
「そうしてやってもいいぜ」
うそぶいたディーンの手が上着のポケットの中で動く。セーフティを外す小さな金属音が鳴り、その手に愛用の銃があることを彼女は改めて悟った。けれど、牙を剥く事も逃げ出す事もなく、彼を真っ向から見る。
夜の暗さの中でも明るい澄んだ瞳が彼を見詰めていた。
「ねぇ、引金を引く前に教えて。目を見ながら殺すのって、どんな気分?」
銃を持った手を構えたディーンを、サムは咄嗟に留めた。
「待って、ディーン!」
サムが行動した隙に彼女は素早く踵を返すと反対方向へ駆け出した。その後ろ姿に尚も照準を合わせようとするディーンに、サムは「待って」と再度訴える。
「おい、離せよ。殴るぞ」
「頼むから銃を下ろしてくれ」
「離せ、サム!」
そうしている間にも彼女は遠ざかり、街角へと姿を消した―――ディーンは舌打ちして構えを解くと、自分を抑えるサムを睨み上げる。
「何のつもりだ?」
「彼女に殺意はなかった、襲う気も!分かってただろう?」
「だから何だ?だから化け物でも見逃せってのか?」
「ディーン…」
厳しい顔付きを崩す事なく言う兄を、サムは悲しげに見詰めた。分かっていないはずもないのに、彼は冷徹な決意を揺るがす事もなくサムを見詰めた。
「どうしても狩りを続けるつもり?」
「当たり前だ。あいつの血でも飲まされたのかよ、おまえ?」
それは笑えない、あまりにも酷い皮肉だろう。サムは明らかに憤りの表情で顔をしかめる。あの時、死の覚悟すらさせられた体験をしたのは他ならぬ彼自身なのだ。
確かに自分はハンターらしくなく彼らに同情的だと言う事は認める。でもそれは、あくまで彼らに非がないとしたらの話だ。
些かうんざりと"慈悲深い弟のご高説"から背を向けたディーンは、不意に暗い地面の上で反射する金製の小さな塊に気付いた。手に取ると、付随する細身のチェーンが音を立てる…年代物の真鍮製のロケットだった。少し考えてから片側の留め具を外すと、少女のポートレートが現れる。先程の女バンパイアに良く似た少女が屈託のない満面の笑顔で、とても印象的な写真だ。ディーンは素早くそれををジーンズのポケットに隠すと上着を直し、所在無さげにうろついていたサムを振り返る。
「俺は追うぜ。おまえは?」
「行くよ、一緒に」
「俺を止める為にか?」
そう問えば、サムは真摯な目を真っ直ぐに向けて答える。
「何が真実なのか知る為だ」

 

クラブを出て後を追い駆けた二人の目の前で、彼女は路肩に停めてあった車に乗り込んだ。ディーンは直ぐ様インパラを取りに走り、サムは彼女が車のエンジンをかけるのを息を潜めて見やる。程なくして到着したインパラにサムも乗ると、すでに走り出した彼女の後を再び二人は追跡し始めた。

 

つづく

 


2007/9/23〜10/12 BLOG掲載

 

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