SUPERNATURAL NIGHT WALKAR 3

 

クラブから逃げる様に出た彼女は、苛立たしげに握るハンドルを指で叩く。まさか遭遇するとは思っていなかったのだ、あのハンター達兄弟に。
呼び出し音を鳴らす携帯をバッグから取り出して、彼女は通話ボタンを押した。
『メイリーン、聞いたぞ?大丈夫なのか?』
「無事よ、ルイス。これから家に戻って荷物をまとめるわ」
『分かった。いつもの家で会おう』
「ええ、あなたも気を付けて」
メイリーンは携帯を切り、アクセルを踏み込んだ―――だが、開けた窓の外から悲鳴が聞こえて来た事に気付き、車を急停車させる。
辺りは誰一人見当たらない、街灯もまばらな道だ。正直、無視したかった。逃げる身の自分には他者を助ける余裕などない。
けれども彼女は数秒考えた後、周囲を窺いながら車を降りて暗闇に目を凝らした。彼女には聞こえなかったフリが出来なかったのだ。
再び甲高い女性の叫び声が彼女の鼓膜を震わせた。そして悲鳴が聞こえた方へ、メイリーンは駆け出した。

「誰か!誰か助けて!」
応える者のいない夜の道を、一人の女が必死に走っていた。ヒールの折れたパンプスを脱ぎ捨て、血と泥で汚れた素足のまま何度も転びそうになりながら逃げている。彼女は追ってくる影を何回も振り返ったが、そいつは追い付こうとしたり離れたりを繰り返している。まるで、獲物を追い立てる様に楽しんでいた。
彼女は再び後ろを見た時、思いがけない歩道の段差に足を取られる。驚きに短く声を上げて彼女はアスファルトの上に倒れ込んだ。怖くて竦む身体は、一度止まると言うことを聞かない様に震える。そして、自分を追い詰めた存在がすぐ傍らに立っていると彼女は悟った。
そいつは彼女の足を掴むと、強引に路地裏へと引き摺って行く。
「いや!離して!」
抵抗する女はアスファルトに爪を立てたが、長い付け爪が無意味に折れただけだった。
「誰か……」
「何してるの!」
鋭い声を放ち、メイリーンは今まさに女を暗がりに引き込もうとしていた男に体当たりした。揉んどり打って壁に背を打ち付けた男は軽くうめき、それから突然現れた彼女を見詰めて下婢た笑みを浮かべる。
「何だよ、"同類"じゃないか」
そう、自分に言う様に口の中で呟く。
メイリーンは怯えて動けずにいる女を助け起こして、眼前の男を油断なく睨み上げた。
「大丈夫?まだ走れる?」
「ええ」
「じゃあ逃げて、警察に行って」
女が返答する前に、メイリーンは立ち上がると男へ走り寄った。獰猛な本性を現す様に突き出した手がその太い首を掴む。
「何だよ、邪魔するな…」
「おまえ、この街の者じゃないわね?」
「だから?一緒に楽しもうぜ」
首を絞める彼女の細腕を掴みながら、男は笑った。長い爪と口の端から覗く肉食獣の鋭い牙は、そいつが彼女と同じく人間に忌み恐れられる存在であり、そしてまた彼女とは違う存在である事を示している―――狼男だ。
「さっさと出て行け、ゲス野郎」
メイリーンは激しい憎悪の眼差しで牙を剥いた。
「おい、何してんだ!」
怒号に近い声が通りに響き、メイリーンと男ははっと振り返る。メイリーンの後を追っていたサムとディーンが追いついたのだ。
駆け付けた男二人を見て、暴漢は悪態を吐くと慌てる様に逃げ出す。それを忌々しそうに睨み付けて、メイリーンはやがて駆け寄った二人へゆっくりと向き直った。
「大丈夫か?」
サムが座り込んだままの女性を助け起こす。彼女はメイリーンを見上げて「彼女に助けてもらったの」と言った。
どういう事だとディーンが口を開く前に、メイリーンは嫌味な言葉を吐く。
「遅い登場ね、ヒーローさん」
それに黙り込んで、彼は助けを求める様に振り返ったが、サムは足を捻ったらしい女を支えたまま曖昧な表情を浮かべるだけだった。仕方なく、ディーンは彼女に向き直る。
「いつもこんな事を?」
「まさか。たまたま女性の悲鳴が聞こえたから。それだけよ」
どうせ理解出来ないだろう、そんな風に彼女の目はディーンの顔を見やる。
「目の前で助けを求めてるのに、無視出来る?自分が助けられるって分かっているのに」
「立派過ぎて自分が恥ずかしくなるな」
ディーンは本心だか皮肉だか分からない口調で言って、僅かに視線を外す。対してメイリーンは続けざまに軽口を叩いた。
「かっこつけてるくせのに、あなたがロクデナシ過ぎるからよ」
メイリーンはクラブでも見せた、あの笑みを浮かべた。
一体、どうなってるのか―――サムは近くの民家に被害者を頼んでから引き返すと、またもやその場を取り巻く妙な空気に目を瞬かせる。
「彼女、大丈夫?」
「たぶん…怪我は大した事ないと思う」
答えたサムの言葉に、彼女は和らいだ表情を見せる。やはりサムには、彼女が冷酷で残忍なバンパイアには見えなかった。
「で、俺達が来なければ、あの男を殺す所だった?」
「相手が人間じゃなかったらね」
言った後、彼女は一方的に自分を忌まれる魔物と決め付けた態度のディーンに、苛立ちを露にした。
「私が何をしたって言うの?あの人を助けただけよ」
「そしてあいつを殺しかけた」
「いつもあなたたちがしている様にね!」
言い放ち、彼らが表情を強ばらせるのを彼女は眺めた―――彼女がした事は、人を襲う魔物を狩るハンターと理由は同じだった。だからこその言い返せない二人を何処かしら皮肉な自信に満ちて睨む。
「この街は好きだわ。静かで、皆が親切で。どうやってそれを私達が築き上げたか分かる?」
「何の事だ?」
「知ってるでしょう?この街が驚くぐらい"平和"だってこと」
苦笑を浮かべるメイリーンは、ディーンからサムへと視線を移す。サムは居たたまれない気分で彼女を見詰めた。彼は薄々気付いているのだ、彼女達がしてきた事を。そしてディーンも今は分かっているはずだった―――ただ頑なに否定したがっているだけで。
「私は困っている人をたまたま助けただけ。人を裁けるのは法律よ。それか、神様ね」
「それ、世界中のオカルトマニアに聞かせてやりたいな」
「本気よ」
「生憎、俺は神を信じてない」
ディーンの偽りない言葉に、メイリーンは言った。
「…でしょうね」

 

サムとディーンは背の高い雑草が生い茂る野を慎重に進んだ。白み始めた空が朝の訪れを告げ始めるが、獲物はすぐ目前を足を引き摺る様に駆けている。
今はまだ実害のないバンパイアよりも目の前で凶行に及んだ化け物の方が先だ―――と、メイリーンが仕留め損ねた狼男を二人は追っているのだった。彼女は、午前中はまだ街にいる、今日辞めるつもりだと言って仕事の連絡先を渡してきた。それを信じてはいなかったけれど。
「くそ。予備の弾、持ってくりゃ良かった」
ディーンは残り2発だけの弾を装填した銃を構え、サムと共に早足で歩く。目印の血痕はまだ先に続いていた。
「珍しく外したね?」
「思ったよりすばしっこい」
止まっている的より動いている物の方が、"充てる"のは難しい―――それでも数発は狼男の身体を掠め、一発は肩を撃ち抜いた。本当は心臓を狙ったのだが、身を翻されてずれてしまったのだ。
不意にディーンは立ち止まるとサムを呼ぶ。見やれば、地面を汚す血の量が増えていた。相手の逃げる速度が落ちている証拠だ。
「近いな」
「そうだね」
警戒しながら辺りを見渡すと、少し離れた場所で草が大きく揺れる。
「あっちだ!」
雑草の無い獣道に出ると、彼は行き止まりの高い柵の前に血を流す肩を押さえながら立っていた…荒い息をしながら、未だ牙を剥く狼男は正に手負いの獣だ。
彼は人と変身の間に留まったまま、喘いでいた。傷もそうだが、変身の途中で動けないのだろう。
明けの白く薄らいだ月が空に消えてかけていく―――ディーン達が狼男を仕留めるチャンスも今だけだった。
「今度は外さない」
ディーンはそう宣言すると、銃口を向ける。残り2発の銀の弾を狼男の胸へ、彼は確実に撃ち込んだ。

車へ戻る最中、サムは不意に言った。
「メイリーンの事だけど、ディーンは信じてないよね?」
彼が魔物に対していたく懐疑的なのは見ているだけでも分かる。もちろん、良くない者しか見て来なかったのだから仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「当たり前だ」
ディーンは答えてインパラのドアを開けると、またしても飽きずに同じ話題を振ってきたサムに呆れて不機嫌になる。いくら言われようと自分はハンターで、奴等は"狩られるもの"である事に違いはない。
「これからどうするの?」
「決まってるだろ、バンパイア狩りだ」
サムは思った通りのディーンの言葉に、黙ったまま助手席へ座った。

 

朝日に照らされた街角に彼らは車を停めた。彼らが見やる先では、もう見慣れた人物が店から出てくる姿がある。メイリーンだ。彼女はこの街から出る為…正確には彼らから逃げる為、働いていた店を辞めた所である。それは彼女が隠れ蓑としてではなく、本当に人として暮らしている証拠の様に思えた―――それを眺めながら、サムは言う。
「ねぇ、ディーン。気付いてんだろう?」
「なにが」
「彼らがもしかしたら本当に、何もしてないかもって」
それよりももっと、彼らなりの気持ちでこの街で生きて行こうと決意しているのだと。そして、メイリーンが嘘を吐かなかったと、ディーンも分かっているはずだ。
だが、サムの主張にディーンは答えない。話題そのものを拒絶するかの様に黙っている。
やがてメイリーンは私物の入った小さな袋を抱えると自身の車に乗り込み、エンジンをかけた。ゆっくりと道路へ出た車は徐々に速度を上げる。
「行くぞ」
ディーンは追う為にギアを入れ、アクセルを踏んだ―――サムは尚も責める様に目を向けて来たが、彼は先を走るメイリーンの車を真っ直ぐに見詰めている。
サムはディーンが頑なに考えを曲げないでいながら、本当は迷っている様な気がしていた。メイリーンと対峙した時の彼は、冷静で迷いの無い、いつものハンターらしい様子ではなかった。何処かに引っかかっている思いがあるとサムは感じる。
「ディーン?」
サムはもう一度、質問の答えを求めるが、ディーンは顔色を変えなかった。
「俺は信じない」
それが、彼の答えだった。
慎重に距離を取りつつ進み、彼らはメイリーンが入って行く建物を通りを挟んだ角で身を隠しながら眺めた。
別の建物の影に停めたインパラから降り立った二人の視野には、ごく普通のアパルトメントが見える。彼女が"人間のフリ"をしながら暮らしていたのだろう、場所だった。
窺っていると、彼女は手に大きな荷物を抱えて走り出して来る。彼女はそれらを慌てて車に詰め込み、滑り込む様に運転席へ乗り込んだ。
「逃がすかよ」
唸る様に言ったディーンが駆け出そうとした瞬間、サムは止める。
「駄目だ、ディーン!」
「邪魔するな」
ここまで来てまた見逃す事など出来はしない。今を逃せば、あの女バンパイアは彼らの前から姿を消すだろう…いつか何処かでまた悪事を働かせるまで。もし、そうするのなら。
「ディーン、頼むよ。頼むから」
「なんでだ?なんでそんなにこだわる?あいつらはイカれたリリーの親玉だぜ、どうして信じられる?」
ディーンの危惧ももっともだと思う。でも、それでもサムには彼女が狩りの対象にはどうしても思えなかったのだ。
「…頼む」
無言で見合う二人の内、先にそれを断ち切ったのはディーンだった。
「分かった」
そう言って、車に乗り込む。
安堵の表情を浮かべかけたサムが助手席のドアを開けようと手をかけると、鍵がかかっている事に驚いて目を瞬かせた。
「ディーン、開けてくれ」
だが、ディーンは聞こえない様子で運転席に座り、ドアを閉めた。すでにキーを回してエンジンをかけている。
「鍵がかかってる!開けろってば!」
焦るサムに、彼は振り返る。
「俺は一人でもあいつらを始末する」
ディーンは窓ガラスを掌で叩いて解錠を催促するサムを残し、インパラを急発進させた。
サムはその黒い車体が野太いエンジン音を上げて走り去る姿を見詰めて、「ディーン!」ともう一度大きな声で叫んだ。

 

木々に囲まれた郊外の一軒家に辿り着いた彼は、見覚えのある車が横付けされているのを目認すると銃の具合を確かめてからインパラを降りる。そして下方に銃を構えたまま、警戒を解かずに彼は家へと近付いて行った。いつもなら二手に分かれるか前後に油断なく警戒を敷いて動くのだけれど…自ら弟を置き去りにして来たのだから、仕方ない。
ポーチに上がって窺っていると、戸口の横にある小窓からは洩れる灯りと複数の気配を中に感じる。
不意にディーンは背筋に緊張が走るのを感じた。
「やめておけよ」
威嚇とも違う低い声が紡がれる。
後ろを盗られたと気付くディーンが振り返る前に、ドアを開けたルイスは真っ向から彼を見詰めた。同じく顔を覗かせるメイリーンの、何処か悲しげな眼差しが痛い。
「…しつこいな、君も」
苦笑する様にルイスはそう言って、銃を構えたまま歩み寄るディーンの姿をしげしげと見やる。
「ああ、ハンターがしつこいのは知ってるだろう?」
「そうだな。けれど、形勢が不利なのはおまえの方だろう、ウィンチェスター?」
笑みを浮かべて両手を広げたルイスを、ディーンは鋭く睨み付けた。
「嘘だよ、誰も何もしやしない。君らが追ってくることは想像に難くないからな…ほとんどが先に行かせたよ」
「へえ、化け物でも仲間には優しいんだな?」
「そう言うことだ」
メイリーンは軽くルイスに目配せするとディーンの横を緊張の面持ちで通り過ぎる。いつの間にか背後の気配も消え、代わりに走り去る車の音がディーンには聞こえた。残りは裏口から逃げ出したのだろう。
「さて、君と二人だけになったな」
ルイスはまるで友人を迎える様に中へと招く。それを油断なく睨んだまま、ディーンは後に続いた。
「じゃあ、どうする?まさか、諦めたとか言うのか?」
「だとしたら?」
薄く笑うルイスは優雅に居間のソファへ個人腰を下ろした。それからディーンにも向かい側の席を勧めるが、彼はそれを無視して銃の構えを解かずに立つ。
「撃ちたまえ。そうする為に来たんだろう?何を躊躇う必要があると言うんだ?」
「俺は躊躇わない」
「だろうな」
諦めていないとか何か企んでいる様には見えないが―――観念する様に手を広げたルイスだったが、その背後の棚に並べられた写真立てにディーンは気付き、興味を惹かれた。
まるで極普通の家族が極普通に暮らす、当たり前の家の様に並ぶ写真達…怪訝な顔付きを浮かべたディーンは銃口を向けたまま間合いを詰めて、相手の後ろ側にある棚へと歩み寄った。幾つかは、たぶんルイスにとって"家族同然の仲間"だろう、見掛けた顔がある。皮肉な事だった。人として暮らす紛い物の彼らより、そう言ったものに縁のない暮らししかディーンは知らない。
その中で彼の目を引いたのは、古ぼけた一枚のモノクロのポートレートだった。
「リリーか?」
そんな訳はないと分かっていたが、写真の女性はリリーの面影を深く残している。
ルイスは目を伏せて言った。
「彼女の祖母だ。まだ私が人間だった頃の…ただの思い出だ」
その声は驚く程穏やかで、何処か夢見る様に優しい。だからディーンは更にルイスを訝しい目で見詰める。
「ずいぶん感傷的だと思うだろう?」
「化け物にしてはって事ならな」
相変わらずの辛辣な物言いに怒る気も失せたのか、彼は乾いた笑いを洩らす。
「私はこの街が好きだ。生まれ育ったこの街がね…彼女との思い出もある。出ていこうとは思わない」
「だから残ったのか?全員逃して」
ディーンの問いに彼は答えなかった。ただ笑みを浮かべている。
「くだらないお喋りはやめよう、ウィンチェスター。やれよ、君には簡単な事だろう?」
「へぇ、油断させる気か?無理だぜ、同情もしねぇ」
「分かっている」
ルイスはゆっくりと立ち上がり、顔をしかめたディーンの前に進む。
「…おい?」
「抵抗しないさ。私は…疲れたんだ。早く終わりにしてくれ」
無防備に佇むルイスの胸へ真っ直ぐに銃口を向けて、ディーンは引き金にかけた指に力を込めた。照準はしっかりと心臓の上を狙う―――彼の腕前でこの至近距離は外しようがなかった。

サムはしばし考えあぐねる様にうろうろと道を歩いたが、決心を付けると近くの駐車場で一台の車に素早く歩み寄った。辺りを窺ってから窓ガラスとドア本体の隙間に薄い金属板を差し込む。なんとなくディーンがああするだろう事を感じて、荷物の中から道具をくすねていたのだ。それから運転席に乗り込んだサムは手慣れた手付きで、ダッシュボード下のコードを急いで繋いだ。

ディーンは不意に銃を下げると、訝しげに首を傾げるルイスから目を逸らす。
「行けよ」
「なんだって?」
我が耳を疑うようにルイスは顔をしかめたが、ディーンはそれ以上のことは何も言わない。ただもう一言、「消えろ」とだけ告げた。
「本気か?いや…正気か?」
何か言おうとする彼を遮って、ディーンは続ける。
「いいから俺の前から消えろ、二度と顔を見せるな。でなきゃ、次は殺す」
この事が知られたら、後でサムに嫌味を言われるな―――などとくだらない事を考えながら、彼は銃をしまった。
言われたくないが、サムの言う通りだろう。彼らの悪意のなさは、冷静になれば良く分かる。そして、メイリーンへの不可思議な感情は彼の奥深くで確実に芽生えていた。
「分かった。二度と会わないでいられるよう、私も願うよ」
暗い眼差しでルイスは囁いた。

サムは近くの路上駐車を少しばかり拝借すると、インパラが走って行った後を追い駆けていた。暗闇に支配された田舎道をスピードを上げ、やがて辿り着くと、その兄の車に横付ける。そして飛び降りて走り出しかけた時、家から出てきた人影に彼は叫んだ。
「ディーン!」
右手に銃を下げたまま歩くディーンに駆け寄れば、サムを見ようともせずに彼は言う。
「もう終わった」
「なんだって?まさか…」
一抹の不安をまさに突き付けられて、サムは目を丸くする。それからディーンが出て来た方へ目を向けると、サムの予想を裏切る様にドアから出てくるルイスの無事な姿が見えた。
いつもは狩りに冷徹なディーンが、よもや僅かながらに自分の期待した結果を選んだ事にサムは仄かに安堵の笑みを浮かべる。だが、ディーンは心底不満げに「何も言うな」とサムの口を封じた。
他者の気配もない周辺を伺えば、無事に誰もがこの街を離れたのだろう…そう思うと、ハンターらしくないと非難されても構わない位に、サムは何とも言えない穏やかな気分になった。全てが悪いわけではない、殺さなくてもいいものもいるはずだ、そうどこかで信じていたからだ。きっと、今回の彼らはそうだったのだろうと思う。
歩み去ろうとする二人が車の傍まで来た時に、ルイスは不意に口を開いた。
「ウィンチェスター」
呼びかけられて、二人は振り向く。それから、信じられないようなものを見る目付きで相手の姿を見詰めた。
「まさか君までそんな甘い男とは…弟とは違うと思っていたのに」
「やめとけよ」
隠していた銃を降ろしたままの手に持ったルイスを睨みながら、低く唸る様な声でディーンは牽制する。もし銃口をこちらに向けるのならば、一瞬で射抜くだけの自信があった…上着のポケットから手を出したディーンもまた、その手に銃を構えていた。もちろん、セーフティは外したままだ。
ルイスは驚くほど優しい笑みを浮かべる―――とても嫌な予感がした。
「やめろ!」
叫ぶサムと身構えたディーンの前で、ルイスはその引き金を引いた。
顎の下に宛てた銃口は乾いた鋭い音とともに銃弾を吐き、それは彼の口から脳髄を突き抜けて後ろにある家屋の壁に穴を穿つ。飛び散る残骸が瞬時にして、後方に倒れた身体と共に地面へ散らばるのを二人はなす術もなく眺めるしかなかった。
一瞬で静けさを取り戻した場所には、嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが漂っていた。
ディーンとサムは横たわる彼の亡骸を言葉もなく見下ろし、目を伏せた。
「ルイスは逝ってしまったのね」
車の前で足を止めたディーンとサムは、その声の主を振り返る。
「街を出るんじゃなかったのか?」
「ええ、もう行くわ」
メイリーンは自分の車に寄りかかって言った。
「彼の口癖よ。いつか終わる、彼女を失った世界に未練はないって」
今更何を言おうと関係ないけれど―――そう締め括ったメイリーンは、自嘲の笑みを浮かべて二人を見詰め、痛ましげに顔を伏せた。
ディーンは何か言う代わりに、ポケットから取り出したロケットを投げ渡した。メイリーンがそれを受け取るのを見ると口を開く。
「落としものだぜ」
「無くしたと思ってた」
確認する様に彼女はロケットを開け、やがて安堵すると嬉しげに微笑んだ。
「ガキの頃のキミか?」
「そうよ」
ディーンは写真の少女を思い出して何とも言えない気分になった。不安も翳りも何もない、純粋に輝く様な笑顔を見せる少女は今、目の前で複雑な色を宿す瞳で佇んでいる。
「まだ人間だった時の私よ」
「そのまま成長してれば、いい女になっただろうな」
ディーンの馬鹿げた感想に、メイリーンは軽やかに笑った。子供の時の様に、穏やかで楽しげに。
「それじゃあ、あなたと会った時はもうおばちゃんよ?」
それはちょっと、残念だ―――ディーンは心の中で呟いた。

 

昼下がりの国道をいつもよりのんびりと車で走りながら、彼らは流れる景色を見ていた。相変わらずの軽快な騒音を立てるカーステレオだが、サムは珍しく文句も言わずに黙っている。代わりに口を突いたのは、別の疑問だった。
「彼はあれで救われたのかな?」
「さあな」
かつて人間だった者の苦悩など所詮、人間である彼らに分かるはずもない。ルイスが何を望み、何を考えていたかなど、推し量る術はなかった。ただ、安らかに逝って欲しいと思う。そして、逃げた者達が他のハンターに狩られずに済む事を…何事も犯さず、ひっそりと生きていくならば、静かに暮らして欲しいと願う。きっとそうして行くだろうと、メイリーンの微笑む顔を思い出すと彼らは信じた―――二度と会わないでいられるように。
感傷的な空気が漂う中、ディーンは唐突に言う。
「何にしても、セス&リッチーにならずに済んだな」
「なにそれ?」
意味が分からず眉を顰めたサムに、ディーンはいつもの悪戯を楽しむ子供のような笑みを浮かべた。
「夕方から夜明けまで(フロム・ダスク・ティル・ドーン)」
サムは馬鹿馬鹿しいジョークに苦笑する。
「僕がバンパイアになったら、躊躇わずに殺す?」
「いや、それはどうかな」
ディーンは陽気に笑う。
「俺達はあんなに馬鹿じゃない」
「かもね」
サムは小さく吹き出して、兄の軽口に応えた。

 

END

 


やっとこさ、ENDにこぎつぎました。
なんか自分としては消化不良気味ですが…どうしてもルイスのセリフが増えてしまって、くどすぎになってしまったので書いたほとんどを削除しました。
説明をセリフに任せてはいけない典型ですね。
逆に説明の足りない話になってしまったかも。
結局リリーはなんだったんだ…orz

ルイスは最後まで愛する故郷を離れたくなかった。不本意に異業の者へ変わり、自分や自分と同じ存在を憎悪にも似て嫌悪し、人である事を失わないまま長い間流浪の人生を送った。その末に再び辿り着いた、愛した女性の思い出が残る街で最期の時を待ち望んでいたのだ―――と今更説明してみる(笑)
彼だけで普通に物語が書けると気付く罠。

メイリーンとルイスの関係で書かずにおいた設定があります。大したことないけど。
彼女が人間だった時(写真に残っている時期)に瀕死の事故に遭って死に掛けているところを助けられたと言うものを考えてました。ありきたりっちゃぁありきたりなので省きましたが。
ルイス自身の信条を曲げて彼女をバンパイアにした、と言うのがポイントです。
ついでにメイリーンはルイスにとって娘の様な存在。
リリーは昔愛した女性生き写しで、いけないと思いつつも愛してしまった愛人(?)

メイリーンと言うキャラは自画自賛になるけど、気に入ってます。
まるで『狼男』の回のサムとマディソンみたいな話にも出来たけど、やっぱり辞めました。
そんなのディーンらしくないし、ラストは始めから決めてたし、既にDVDであの話を見てたし…被せてもしょうがないから。 それより、サムの見せ場が無さ過ぎてどうしようもない(爆)

なにはともあれ、ラストの『フロム・ダスク・〜』が言わせたかっただけなので、お許しください(^^;

2007/9/12 BLOG掲載

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