SUPERNATURAL Phone

 

 受話器を耳に宛がえば、そこからは懐かしいあの人の声が聞こえる。携帯電話が知らせるのは、たった数秒の短い言の葉―――答える事の無い、応答メッセージと発信音。それがいつしか変わり、代わりの連絡先として自分のナンバーを伝える。どうする事も出来ないと分かっていながら、いつだってそれをどうしようもなく飽きるほど聞いてしまう。
 探し、追い求め、けれどもその手を掴む事も出来はしない。まるで幻を探し続けている様な、そんな失望に似た感情が芽生えてくる。
 いつだって、いつまでだって、この身を奉げる程に傍らに寄り添い、支え、従順に付いて来たつもりだった。それなのに貴方は突然、俺を置き去りにして、姿を消した。
―――この声は貴方には届かない、きっと。
 今までが過ちと言うのなら、祈りが届く事など一生無いのなら、いっそこのまま朽ち果てるまで立ち止まって居ようかとすら、絶望にも似て思ってしまう。
―――ただひたすらに、愛した心の残骸を両手に抱いて。
 貴方の残して行った重荷は、俺には罪人の咎の様に重過ぎた。

 

 懐かしいメロディを奏でるカーステレオのスイッチを切り、彼は苛立ちを隠し切れない乱暴な溜息を吐いてハンドルに凭れ掛かった。
「ディーン?」
 助手席に座るサムは、何やら珍しく物憂げな様子の兄を怪訝そうに見やり、それから車の外へ視線を移す…久しぶりに訪れた都会の雑多な風景を溜息混じりに眺めた。彼らは今、いつまで続くのか分からない渋滞に巻き込まれていたのだった。
「これだから嫌なんだよ、いつだってこれだ」
「仕方ないよ、朝のラッシュ時なんだから」
「…おまえのせいだぞ」
「なんだって?」
「もっと早く出れてれば、今頃はこんな馬鹿みたいな行列に並ばずに済んだんだ」
「そりゃあ、悪かったよ」
 そう言って、サムは反発心で怒り出す事も無く聞き流す。もう何度目か分からないぐらい、再会から共に旅をし始めた中でディーンの八つ当たりには慣れていた。それでも時には怒鳴り返してしまいそうになる事も度々だったが。
 サムはややあってから囁く様に尋ねた。
「何か、あったの?」
「何が?」
「なんだか…様子が可笑しいから、さ」
「別に、いつもと同じだ」
 虚勢を張って強気に返すいつも通りの横顔は、何故かとても苛立っていた。そして、とても切なげだった。
「そう…だったら、良いけど」
 サムはそう呟く事しか出来ずに、兄の横顔から前方へと視線を戻した。

 上着のポケットに手を突っ込むと、その指先に当たるのは携帯電話。何度鳴らしても出る事のない相手に、ここ最近の発信履歴はすっかり占拠されている。
 同じ番号を何度押しても決して繋がる事は無いのだと嫌と言うほど分かっているのに、それでも繰り返してしまうのは何故だろうか。それはまさに、今はこの便利だか不便だか分からない小さな機械こそが繋がっている唯一の手段だと言う様に手にしてしまう。
―――何処に居るんだよ、父さん。
 たった一言でいい、無事だと、元気だと、大丈夫か?と言って欲しい。伝言でもいい。たった一言、それすら無いのが、胸が切り裂かれる様に痛い。
 隣に立つ、いつの頃からか自分の背をとっくに越えてしまった弟は、年相応の翳を瞳に宿して今や対等だとでも言う様に振舞っている。それが嫌ではないけれど、とても昔が懐かしく思えるのは確かだった。無邪気な子供だった小さなサミーを絶対に守ると誓った。始めは父に、そして今でも自分自身に―――時折、その責任は支えにもなり重責にもなり、苦しめるけれど。
 自分が出来なかった正直な疑念や憤りを表して父親に向かっていく様はハラハラしたけれど、何処かできっと楽しんでいた。絶対の存在にぶつかっていける素直さが羨ましかった。それは今でも変わらない。
―――いつまで続ければいいんだ?
 繰り返し尋ねるその質問を、いつだってはぐらかしてきた。本当に見付かるのか、何故連絡をして来ないのか、探して欲しくないと思っているのではないか、ただ狩りをさせる為だけに旅をさせてるのではないか、もし再会出来たとしてもどうせ喜んだりしないのではないか…そう口にするサムの辛辣な疑問を、何のことは無い、何も心配する必要は無い、そう自身に言い聞かせる様に説き伏せた。いや、乱暴に言葉を叩き付けた。
 けれどこの手は、独りきりになるとどうしても隠し切れずに震えるのだ。冬の最中、見知らぬ街に一人迷子になって凍えているかの様な、心許無さを著わして震えるのだ。
―――そして、堪らなく繰り返しかけてしまう、無駄と分かっている相手への伝言。
 何の為に、誰の為に、どうしてこれほど胸が締め付けられるほどの苦しみを覚えなくてはいけないのか。そんな、サムに感化された様にいつしか胸の内で膨らみ続けた不安と疑問は、どうしようもなく大きくなっていくばかりだった。
 血を吐くほど声の限りに叫びたい、貴方の事を呼び続けたい、今すぐに会いたい。
―――この身体を打ちのめす程の苦痛も、その為だけに耐えているのだから。
 長く離れる事など、これほど不安に揺れる事など、これまでに一度もなかった。
 貴方を信じている、それは変わらない。けれど、それなら何故こんなにも凍り付く程に身体が震えるのだろう。

 

 寝静まった室内は、何処へ言っても見慣れたと言っていいほど変わり映えしないモーテルだ。サムが眠ったのを見計らう様に、ディーンはそっと起き上がるとベッドサイドにぞんざいに置きっぱなしにしていた携帯に手を伸ばす。どうせ流れて来るメッセージは同じだと知っていたけれど。
 だが、聞き慣れた数回のコール音を耳に当てた携帯から聞こえ始めた時、その手をやんわりと留める様に捕らえられた。振り返れば、サムが悲しげに目を細めてディーンを見詰めている。
「サム…起きてたのか?」
 何処か呆然としながら呟く兄に、サムは言った。
「最近、ずっとそうやってたよね…僕が寝た後に」
―――知っていたのか。
 サムの苦しげに顰められた顔は、決して自身に対するものではなかった。それはディーンの様子を慮って、案じる様に浮かべられている。
 ディーンはサムから目を逸らすと顔を俯かせ、それから口を開いた。
「どうしても繋がらないんだ、父さんの電話はいつも留守電で。その度にメッセージは残してはいるんだけど、掛け直して来ない」
「僕って言うお荷物背負って困ってるんだって電話?」
 わざと雰囲気を和ませる様に茶化すサムだが、彼が思う反応ではない口調でディーンは「違う」と答える。再び振り向いた顔は険のある眼差しすら含んでいて、断固とした強い意思を表している。
「それは、違う。絶対に」
 繰り返したディーンのあまりに真摯な声に、サムは言葉を失った。
「ディーン…ごめん」
 ジョークのつもりが、予想に反した思いがけぬ程の反応にサムは戸惑いを覚える。
 ここ最近は、ディーンがいつもの様子ではない事などとっくに気付いていた。だが、まさかこれほどまでに思い詰めていたなんて…自分だけがまるで"得体の知れない恐怖に怯える当人"と思っていた事が恥かしくなるぐらい、情けない気分になった。
 旅を始めてから、もう数ヶ月も経つが依然としてジョンの居場所は分からないし、彼からの連絡もない。ジョンの安否を気遣い、サムの能力や不眠症を案じ、独りで全てを背負って進み続けようとするディーンの姿は、何処か健気過ぎてサムは胸が痛くなった。
 不意にディーンは表情を和らげて、サムの良く知る口調に戻った。
「出られない状況になってるんだったらって思うと…な、気になってさ」
「大丈夫…きっと大丈夫だよ、僕らの父さんだ。大丈夫に決まってる」
 いつもと反対に、不安や不満を言い募るディーンへサムが言い聞かせる様に穏やかな声で紡ぐ。
「…そうだな、おまえの言う通りだ」
 疲れた様な溜息を吐いたディーンは携帯をテーブルへと戻す。それでもその視線はじっと物言わぬ携帯を睨み続けていて、サムはどうしようもなく切なくなった。それから意を決して、再びディーンの横顔を見詰めながら口を開く。
「一人で悩むのはやめてくれよ、僕だっていつまでも守ってもらうだけの子供じゃないんだから」
 ディーンははっとした様に振り返り、それから笑う事も出来ずに泣きそうな…サムは彼が泣いた所を一度も見た事はなかったが、それでもそう形容する以外にない…表情を浮かべるのを驚いて見やる。
「そう、だな…」
 それは当たり前の言葉だったが、ディーンは何故か後頭部を鈍器で殴られたぐらいのショックを覚えた。そうだ、もうサムは小さくていつでも守ってやらなくてはいけない子供ではないのだから―――でも、それが微妙な二人の距離を表している様で、居た堪れない気分になる。自ら誓った、父から課せられた、自分の仕事と言う誇りや自信を少なからず揺さ振って来る。
「考えとく」
 それだけ返して、ディーンは苦笑染みた笑みを小さく浮かべた。

―――どうか、どうか、もし本当に居るのなら、慈悲の天使がこの可愛い弟と大切な父を守ってくれますように。
 祈った事も信じた事もないのに、そう願ってしまう自分が可笑しかった。そう言って寝かし付けてくれた母も、もうずいぶんと昔に失った。守ってくれるはずの天使を見たことも無い。もし居るのならどうしてこんな悲劇を見逃すと言うのだろう。
 それでも、だからこそ。
―――俺の愛する人達をこれ以上、俺から奪わないでくれ。
 もしもこの手で彼らを守れない時が、そんな来て欲しくは無い状況が待ち受けているのならば、神にすら願わずにはいられなかった。

 隣り合ったベッドに身を横たえていたサムは、不意に呼びかけた。
「ディーン」
「なんだ?」
 まどろみかけていたディーンは目を開けて問う。すると、こちら側に寝返りを打って振り向いたサムは笑みを浮かべて言った。
「一緒に寝てあげようか?」
「馬鹿」
 子供時分にそうやって不在の父や喪った母の代わりの様に弟を寝かし付けた事もあったけれど、よもやその逆をこの年になってからかい半分に言われるなど思ってもみなかった。
―――笑えないじゃないか。
 悪戯っぽい笑顔を見せながらも、その目が決して冗談や嘘だけで言っているのでは無いと言う事は分かっている。だからこそ、それ以上に、本当は泣きそうになった。
「明日も長距離移動だぞ、早く寝ろ」
「分かったよ、兄さん」
 有無を言わさぬ口調と堂々とした態度はジョンを彷彿とさせるものがある。そんな面影を取り戻した兄に、サムはようやく小さな安堵を覚えると目を閉じた。

 

END

 


今回はファーストシーズン半ばの二人の話しでした。
まだジョンの居場所も何をしているのかも分からない二人が、父親を探しながら旅を続けている頃です。
短めですね。
普段は絶対に見せまいと意地を張っているディーンが、隠している弱さ。
それを書いてみたいなぁと…サムも、いつまでも守られるだけの役割だけでなく、時に兄と対等に強さを持つ男として書けたらな、と思いまして。

比較的まともな方の話です。
BLじゃないよ(笑)

2007/12/30 BLOG掲載

 

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