STAR WARS EPISODE X 貴方ガ微笑ムカラ幸福ヲ噛ミ締メラレル

 

 ルークは深い溜息を吐いた。
悩ましげに眉をひそめ、年の割りに童顔なその顔を思慮深くしかめる。憂いの表情がその気持ちとは裏腹に、非常に艶やかな彩りを見せていた。
 部屋に入ってきたハンは、ドアを背にするように配置された椅子に腰掛けたルークの後姿に息を呑んだ。短く切られたその金髪の襟足…黒服の襟元から覗く白い項が艶めかしげで。
「ハン?」
 後ろを振り向いたルークは訝しげに、けれど友好的な笑みを湛えて彼を見詰めた。
 ハンは自嘲気味な笑顔を返し、「修理が終わったよ」と言った。
「また旅立つんだね?」
「陸は俺の性分じゃないさ」
 ルークは軽く顔をしかめた。
「…レイアはどうするんだ?」
 ハンは答えず、部屋を出て行った。
―――どうして二人は、お互いに強く惹かれ合っているのに、素直にその気持ちを表さないのだろう?
 分かるような分からないようなそんなことを、ルークはハンが去って行った通路を眺めながら思う。
 ハンは自分が常に危険と隣り合わせである裏家業の運送屋であることを、宇宙中から羨望と憧憬の眼差しで見詰められる若く美しきレイア姫にそぐわないと思いこんでいる。自分も宇宙を救って英雄の一人であるのに!
 レイアはハンの重荷や足枷になってしまうのではないかと恐れている。根っからの船乗りであるハンを縛り付けてしまう、いやな女になってしまうのではないかと。ハンはレイアの為に、再び宇宙へ飛び出そうとしているのにもかかわらず!
 互いを思いやって、互いに気兼ねして…わざとぶっきらぼうにしたり、気持ちに気付かないふりをしている。
―――どうしてそんな気持ちのすれ違い?
 ルークは二人の気持ちを察し、案じた。

 

 先ほどのルークの横顔が、レイアと似ていた。さすが双子と言うべきか…憂いを含んだその表情が、最近のレイアと似ていて、どきりとした。
―――レイアが分からない…
「本当は俺にいて欲しいんだろう?」と、本当の気持ちをひた隠しながら強がって聞いてみた。するとレイアは、「そんなことないわ」といつもの強い調子で返してきた。それが本当に強がりなのか、それとも本心なのか、わからないのだ。
―――自分がわからない…
 どうして本当の気持ちを言えないのだろう。強がらず、一緒にいたいと言えないのだろう。
 本気で好きだから、素直になれない。
 本気で好きだから、本心を聞けない。
 彼女の気持ちを知るのが怖い。好意はあるだろう。しかし、それが自分の抱く好意と違っていて…拒絶されたら怖いのだ。
 聞きたい、けれど聞けない。本当に好きだから。
「…はあ」
 ハンは深い溜息を吐いた。

 

 レイアは物憂げに高層ビルの自室の窓から街を見下ろした。
―――まだこの星に、街に彼はいるのかしら。
 愛しい男の影を思い描く。
 意地悪で意地っ張りで皮肉屋で、頼れる愛しい人…ハン。
「私はいつまでたっても素直になれないのね」
 生まれ持った気品とプライド、それに気の強さ。
―――意地っ張りなのは私の方…
 素直に「私のそばにいて」と言えない。
 素直に「つれてって」と言えない。
 彼が好いてくれることを感じている。それが本気で、実に誠意を込めていることも。
 彼が強がりを言うのは、自分のせいなのだ。いつだって優しく思いやりを見せてくれるのに、意地っ張りな自分が彼を最後には反発させてしまうのだ。
―――馬鹿な私、可愛くない私。
 彼は私を大切にしてくれるだろう。でもそれによって彼は、宇宙に出て行きたくても自分の存在を慮って躊躇うのだろう。
 彼の重荷になりたくない。
―――つれてって欲しい…
 でもその一言が言えない。今までの培ってきた自分を壊してしまうようで、怖い。
―――そんな自尊心なんて、どうでもいいはずなのに…今更すがりつく必要などないのに。
 本当は、そんな自尊心よりもハンにすがりついて、ついていきたいのに。たった一言だっていいのに。
「好き…」
 言えない言葉を呟いて、レイアは目を閉じた。

 

 数日が過ぎた。なにも変わらない、なにも起こらない、平穏で退屈でたまらなく苦しい生活。
 修理はとっくに済んだのに、ハンはまだ思い悩んで旅立てずにいた。
 ドッキングに付けられたままの<ミレニアム・ファルコン>のタラップに、ハンは腰掛けていた。チューバッカが心配そうに唸っている。
―――このまま去って行くべきか?それとも思いの丈を全てぶちまけて、はっきり断られてから出て行くべきか?
 すっきりしないのは性分じゃない。それはきっとレイアも同じだ。気丈で気高いレイアは、はっきりしないことをひどく嫌っている。ならば、なにも思い残すことのないよう、片を付けておくべきなのではないだろうか。
 チューバッカは点検していた手を止めて、ハンのもとに歩み寄って来た。毛むくじゃらで丸太のように太いその手が、心配そうにハンの肩を叩く。
 ハンは「大丈夫だ」と相方に言った。
「もうそろそろ出ないとな」
 こんなにも予定が延びてしまっている。これ以上留まっては、せっかくの決心が揺らいでしまうだろう。ようやく彼女への気持ちを整理して、自分の迷いを断ち切ったのに。
 ハンがチューバッカを振り返った。
「最後に、レイアに会って来る」
 チューバッカは不服そうに唸った。最後なんて言うな、と。
 ハンは自嘲気味に笑って、感謝を込めて旧友を見上げた。

 

 午後の陽気な陽射しが窓から挿し込んできて、レイアを激務から一時だけ解放した。彼女は自室で束の間の休息を取っている。
 その扉の前で、ハンは躊躇いながら立っていた。
「…レイア」
 思いきって中に声をかける。
 レイアははっとして、椅子から体を起こした。
「ハン?」
 ドアを開け、呆然と彼を見上げる。ハンはいつもの皮肉った笑みを片頬に浮かべた。
「お疲れのところ、すまないな」
「そんなことないけど…どうしたの?」
 レイアは微かに眉をひそめて尋ねる。
 その仕草に、ハンは確信した。
―――俺なんて、レイアにとって…
 そして、ハンはどこか吹っ切れたように背を伸ばして言った。
「もう行くよ」
 その一言で十分だった。
淡く儚い、けれども確かにあった温もりは急速に冷めて行き、二人の間にあった絆は亀裂が入ると同時に崩れ出したかのようだった。
「そう」
 レイアは目眩を感じながら、それしか答えることができなかった。
 ハンは最後の希望をもぎ取られたような気分を味わった。
「じゃあな」
 それだけ言って、ハンは踵を返した。立ち尽くすレイアをその場に残したままで…。

 

―――ハンが出ていく。私を残したままで…。

―――私は本当の気持ちを言う勇気がない、意気地なしだわ。

―――…彼の一言で怖気づいたから。

―――彼はもう私を振り返らない。振り返らずに真っ直ぐ出て行く。

―――これでいいの…彼は地上に縛り付けられたままじゃいられない人だから…。

―――私が重荷になって、彼を苦しめるぐらいなら、このまま別れた方がいいんだから…

―――でも…

 レイアは胸の前で、左手を右手でぎゅっと握り締めた。

―――皮肉でも嫌味でもふざけた仕草でもいい、もう一度私に愛を囁いてくれたら…

―――私はきっと応えられる…!

 

「ハン…ハン、待って!」
 胸を押し潰さんばかりの悲しみと寂しさに耐えきれず、レイアは駆け出した。長いドレスの裾も気にせず、自尊心とプライドも関係なく、ただ一言を言いたくて…
 ドッキング・ベイには準備完了した<ミレニアム・ファルコン>の動力を点火して、チューバッカが待っていた。
 ハンはタラップの前で振り返った。そして、レイアを驚いたように見詰める。彼女が自分の気持ちを吐露したり、焦ったりすることなんてなかったから。
「私、本当は…」
 立ち止まったハンに追い付いたレイアは、その目の前に立って、息を切らせていた。
「レイア?」
―――貴方が好きなの。
 言いたい言葉が喉の奥に詰まったみたいに出て来ない。言いたくて、でも言い出せなくて、胸が苦しい。
―――いかないで、なんて言えない。
「なんだよ?」
「……」
―――つれてってなんて、言えない。
 皇帝が死に、帝国が崩壊した。その後の宇宙を秩序と平和に導く為の共和国政権樹立を、自分がリーダーの一人として司っている。だから、今この星を離れるわけにはいかないのを、十分自覚している。
「ハン…」
 涙を溜めて、じっと見上げるレイア。
 ハンにはそれだけで十分だった。
「レイア。俺はずっと自分の気持ちも茶化して、君をからかったりもしたけれど…本当に好きなんだ。嘘じゃない」
「嘘だなんて思ってないわ」
 レイアは言った。
「私も、本当は貴方が好きだから」
 ハンは言葉を失った。驚愕と、それに一瞬遅れて訪れた歓喜に。
「怖くて言えなかったの。苦しかったわ。これまでの友好関係を崩したくなかったから…恋愛感情は一端亀裂が入ると戻すことが難しいもの。貴方が私の傍からいなくなってしまうなんて、嫌だったから」
「…レイア」
 彼は愛しいレイアを力強く抱きしめた。レイアは応えて、彼の肩に手を回す。胸に頬を押し付けて、微笑んだ。
「愛してるわ…」
「俺もだ…」
 しばらくそうして二人は熱い抱擁を交わしたが、ふとレイアが体を離した。
「もう、行く時間じゃないの?」
 彼女が会議室に戻る時間でもある。
「いかないでって言っても無駄なんでしょ?」
「頼まれた物資があるからな…」
 ハンは困ったように笑って、それから彼女を見詰めた。
「必ず返ってくるさ。両手に抱えきれないぐらいのプレゼントと、花束を抱えて。レイア、君に渡すために」
 ハンは微笑んだ。
「約束よ」
 レイアは泣き顔で微笑んだ。
 その頬にキスをしてから、ハンは愛機の<ミレニアム・ファルコン>のタラップを昇った。再び彼女に会いに来るために。彼女をこの腕で抱き締めるために…。

END

 


 普通の恋愛物と言うか…こう言うのも書くんですね、私。
 劇中で、二人の掛け合いがなんと言うか、絶妙で好きです。
 夫婦漫才ですよ。<オイ
 ドロイドの二体とは別ですが、こっちの会話も好きです。
 意地っ張り同士でどうやってくっつくんだろうと思ってたら、だんだんレイアが女性らしくなっていくんですね。
 ハンも徐々に粋がってたガキっぽい性格から大人の男性へと成長していく。
 いいですねえ〜。恋、愛、ですよ〜(笑)

 でも、この話は意外に気に入っておりますが、読み直すたびに甘すぎて砂吐きそうです…。

2001/1/8 『スターウォーズ/貴方ガ微笑ムカラ幸福ヲ噛ミ締メラレル (ハン&レイア)』 By.きめら
2008/5/30 ネット公開用改訂版

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