無責任艦長タイラー タイラー&ユリコ01

 

 この日、ユリコ・スター少佐は書類の束を抱えていた。
 惑星連合宇宙軍指令本部からあった通達が二十枚、それから、ブルネイのミフネ中将から直々の書類が十枚、フジ参謀からの(どちらかと言うとバッシング的な )書簡が二十枚。計五十枚の紙束を両手に重たそうに抱えて、『そよかぜ』の艦長室に続く廊下をよたよたと歩く。
 宇宙軍制服の無意味に(大いに意味があるとも言われる)短いスカートからのぞく、形のいい白い脚が実に眩しい。
「もうっ」
 さすがに腹が立つのか、書類を見つめてむくれる。その顔がまた、何とも魅力的である。
 しかし、そんなことは彼女自身には関係ない。それに、届ける相手があの、ジャスティ・ウエキ・タイラー艦長であることがはなはだ気に入らないのだった。
「なんだって私が」
 こんな重労働、男がやればいいのに…とは言わない。彼女はそんじょそこらの男より負けん気が強くて仕事熱心なのだ。それが例え、あのタイラーへの書類だとしても。
 カツンカツンと音を立てて、彼女の靴音が無機質な廊下に響く。廊下にはだれも通らないから、荷物持ちを手伝ってくれる存在もいなかった。

 

 部屋の前で立ち止まると、インターホンに声をかける。
「失礼します」
 艦長室のドアが開く。ユリコは、胸に書類をしっかり抱いて入ってきた。ところが、当のタイラー本人の姿が見えない。
「艦長…?」
 見渡して見て、気が付いた。一度通り過ぎた視線を引き戻し、部屋の隅でうつむいたまま何かをしているタイラーへと向く。
「艦長、なにを…」
「あ゙―っ、やられたー!」
「えっ?」
 タイラーが叫ぶ。ユリコがびっくりしていると、突然、ゲーム仕立ての爆発音が響いた。
「うーん、もう一回やろうっと」
 タイラーが言う。ピッと鳴って、再び前屈みになる。
 ユリコは呆気に取られていたが、自分の抱えている荷物の重さにふと気付いた。急にさっきまでの腹立たしさがよみがえってきて、彼女は声をかけた。
「あの、艦長」
「ん?」
 タイラーが振り返る。いつものとぼけ眼でユリコを見ている。
「あれ?ユリコさん?」
 タイラーは今、ユリコに気付いたようだった。ユリコはなんとはなしにむっとする。
「艦長、指令本部から伝達がありました。目を通しておいてください」
「うん、わかった。そこらへんに置いといて」
 投げやりにそう言って、タイラーは再び眼前のモノに目を向けた。ユリコ本人が部屋に来ていると言うのに、なんだろう、この見向きもしない様子は。腹が立った。けれど、いつもと違うその様子に、ユリコは心配になった。
「どこか調子でも…」
 そう言ってタイラーに近づくが、ユリコは再び唖然としてしまった。
 タイラーがさっきから必死になって取り組んでいるもの、それはシュミレーションであった。コンソールをたたいて必死に艦隊を率いるその様子は、まるで小学生の子供のようで、なんともかわいい。
 しかし、なぜこの艦長がシュミレーションを相手に必死になっているのだろう。
「なに、してるんです?」
 ユリコが後ろから画面を覗き込む。スクリーンには模式化された艦隊の図が映し出され、そのことごとくが派手にラアルゴンの敵艦に…見事としか言いようのない様子で…破壊されていく。
 とうとうタイラーがコンソールを投げ出した。
「あちゃー」
 喜劇っぽいしぐさでタイラーは額に手を当てると、そのまま後ろに寝そべる。それから、視線を上げて微笑んだ。後ろに立っていたユリコの目と合う。
「・・・・」
 ユリコは呆然とそのタイラーを見下ろしていた。
 初めて見た。あのタイラーがシュミレーションをしている所と、全戦全敗の結果を表示したディスプレイとを。ものも言えない様子のユリコに、タイラーはあいまいな笑みを残して言った。
「ユリコさん、いつまでそんなとこに立ってるの?スカートの中見えちゃうよ」
「!」
 ユリコは頬を赤くして後ずさった。なんて事を言うんだろう、この男は。
 キッと睨み付けて、ユリコが言う。
「見たの?」
 タイラーは上体を起こして座り直し、肩をすくめて答える。
「見てないよ」
 そして、「残念なことに」と付け加えた。
「艦長!」
 ユリコが声を荒げた。いつ聞いても耳に心地よい、甘いソプラノの声。これなら怒鳴られてても苦じゃないや…とタイラーはへらへらしながら思うのである。
「冗談だって。怒んないでよ、ユリコさん」
「だって…」
 なお言い募るユリコに、タイラーはフフッと笑って言った。
「でも、ぼくは幸せだよ」
「は?」
 突拍子もないことを言う男である。ユリコの目が点になった。
「なにがです?」
「なんだと思う?」
 ユリコがちょっと口を閉じて考える。
「…わかりません。私が怒ってること?」
「そ」
「え?」
 タイラーはいつもの明るい調子で言った。
「宇宙軍の男はみんな言ってるよ。ユリコさんはちょっと怒った表情が一番魅力的だって」
「ま…」
「ね?」と、タイラーがちゃめっ気たっぷりのウインクをした。
 ユリコは何とも言えない表情で「馬鹿」と短く言う。頬を赤くしてうつむく姿は、実年齢よりも少女らしくて、かわいい。
 タイラーはシュミレーションの電源を切って立ち上がり、ユリコのかたわらに歩いていく。
「ご覧の通り、ぼくはシュミレーションには惨敗してる。ミフネ閣下はカンカンなんだ」
 おかしそうに笑う。
「おまえみたいな覚えの悪い奴は見たことがないってね。だから、今度ブルネイに寄る時までには、全戦全勝してなくちゃいけないんだ。…ユリコさん、情報部だけど、シュミレーションやったことある?」
「え?」
 なにを考えているのかわからないのが、タイラーである。いつものらりくらりと相手の質問をくぐり抜けてしまう。それがわかっているから、ユリコはただタイラーを見返した。
 タイラーがにっこりと笑った。
「教えてくんない?」
 ユリコは微笑んだ。
「いいですよ。私でよければ」
 意外にもユリコは、この手のゲームが得意だった。
「ほんと?やったーっ」
 タイラーが小躍りでもしそうに叫ぶ。それが子供っぽくて、ユリコは失笑した。それも気にならないのか、タイラーは微笑んで、
「それじゃ、ユリコさんの気が変わらないうちにはじめようっと。いつからいい?」
 ユリコは少し考えて、「今日からでもいいですよ」と答えた。
「うん、今日からやろう。早い方がいいもんね」
 タイラーが書類の束に手を伸ばす。やっと仕事をする気になったらしい。しかし、タイラーはその一枚目に軽く目を通しただけで放り出した。
「だめだめ、こんなのぼくの仕事じゃないよ」
「え?でも、艦長の判がないと…」
 慌てて言うユリコを振り返って、タイラーが笑う。
「な、なんですか?」
 タイラーはにこにことユリコを見ている。なにかあるな、とユリコは身構えた。
「ねえ、ユリコさん」
「なんです?」
「ユリコさん、事務処理得意?」
「はぁ?なに考えているんです!少しは自分で仕事を…」
「だって、ぼくの性分じゃないよ、これ」
「仕事は仕事です」
 母親のような目つきで、ユリコが怒る。子供のようにタイラーが哀願する。
「だめ?」
「だめです。仕事が終わるまではシュミレーションもやりません」
 タイラーはため息を吐いて、その書類の束を眺めた。
「仕方ないか。ユリコさんがせっかくシュミレーション教えてくれるんだし」
 ユリコはくすっと笑うと、デスクに向うタイラーに言った。なんだかほっておけない気にさせる男なのだ。
「なにか、手伝いましょうか?」
 不思議と優しげな声になっている。…本人は気付いてもいないが。
「ほんと?」
 ユリコがうなずく。途端にタイラーの顔がぱっと明るくなった。
「だからユリコさん大好き」
「え?」
 ユリコが一瞬呆けた顔をする。それから頬をかすかに赤くした。タイラーはにっこりと微笑む。
「もう、なに言うんですか、艦長は」
 むくれたふりをする。
「からかわないでください」
「なんで?本当だよ」
 なお悪い、とユリコは思う。なんだかむずがゆい感じに気恥ずかしくて、そっぽを向いた。
「あれ?怒ったの?」
 タイラーがユリコの顔をのぞき込むように見上げる。
「別に、怒ってなんか…」
「じゃあ、なんでそっぽ向くの?」
 ユリコはどう答えようか迷っている。そこで、タイラーは「あー」と思い付いたように声を出した。
「わかった。実は照れてるんでしょ、ユリコさん」
「なっ」
 フフ、とタイラーが笑う。ユリコは肩を怒らせた。
「違います!」
「へへ」
 そんなユリコを気にも止めず、タイラーは笑っている。そして、ぼそっと独り言のようにつぶやいた。

「じゃあ、ちょっとはぼくも期待できるのかな?」

 聞き取りにくくて、ユリコは聞き返した。
「え?なんです、艦長?」
 タイラーはすっとぼけた。
「ん?なんでもないよぉ。さぁて、仕事仕事っと」
 意気揚々と書類に向うタイラーの横顔を眺め、ユリコはため息を付いた。そして独り言をつぶやくのである。
「期待できる男なら、ね」と。
 それから、目を細めてタイラーを見る。タイラーはその視線を背中で受けながら、どこか嬉しそうだった。
 二人の様子にお構いなしなのは、書類の束である。二人を笑うかのようにでんっとデスクの上を占領していた。
「さあ、やるぞぉっ」
 タイラーは、これから始まるユリコとの個人教義を楽しみに、高らかに宣言するのだった。

 

END

 


ユリコさん、好き〜vv
気が強くって、しっかり者で、仕事能力高くて、その上絶世の美女ときたもんだ。
軍内のマドンナと称されるだけのことはある、ステキな女性なのです。
ちなみに、ユリコさんとキムさんは美貌と能力で双璧をなすとまで。

無責任キッズ以降も、更に最強な女性へと彼女はなっていきますね。
かのタイラーが頭の上がらないほどに…笑。

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