無責任艦長タイラー タイラー&ユリコ02

 

 もし、女の戦いと言うものがあるなら、これはまさしく女の戦いである。

  と言うのも、表立った反発ではないにしろ、二人はお互いの気持ちにを感づき始めていた(少なくとも片方は)。互いに同じ人物を取り合っている…無言のうちにお互いの所有権を主張し合うようににらみ合っている。
 二人のうちの一人…アザリンはタイラーの手を握ったまま甘えるように見上げた。
「タイラー、せっかく終戦後の地球に遊びに来たのだ。余を案内しろ」
 随分ぞんざいな口振りだが、これでもアザリンにしては素直になっている。ドムは側に控えながら、「遊びに来たのではありません。これは正式な訪問…」とかしこまるが、
「タイラーと街を歩きたい」
 アザリンは言葉を遮って言う。
「皇帝陛下、それはちょっと…」
 何故だかわからないが腹が立つ。むっとした様子を隠してユリコが言った。しかし、アザリンは聞いていない。
「ねぇ、タイラー」
 アザリンは依然タイラーだけを見ており、ユリコに対しては意識的に無視しているようだった。 タイラーはと言うと、いつも通りのあいまいな笑みを浮かべたままだ。
 はっきりしない男!と、ユリコは腹立たしげに思う。アザリンが勝ち誇ったような笑みを浮かべてユリコを見ていた。それがまた、カチンっとくる。

 二人の戦いは、アザリンが現れた所から始まった。
 永きにわたる惑星連合宇宙軍とラアルゴン帝国との戦いに終止符が打たれたその後、初の皇帝陛下地球ご訪問が計画された。それは、一人の少女としてのアザリンには特別な意味を持つものだった。パコパコに合える…、アザリンが一番に会いたい人だった。
 船から下りたアザリンが一番に駆け寄ったのは、他の誰でもないパコパコのもとへだった。
 白の軍の礼服に身を包み、他の将校達とともに船を迎え入れていたタイラーは、昇降口が開くや否や飛び出してきた少女を抱き止めてただ驚いていた。
 開口一番、アザリンの口をついて出た言葉は、あまねく宇宙軍の連面もラアルゴンの臣下達をも唖然とさせたものだった。
 皇帝としての挨拶ではなく、ただ、「パコパコ、会いたかった」と。
 その時、かたわらにいたユリコはアザリンを唖然と見ていた。アザリンはタイラーに抱き着いたまま、ユリコを見上げる。前にも会ったことがある。…やはり、綺麗な人だった。
「ユリコさん…」
 タイラーが困ったようにユリコに振り向いた。ユリコもはっと我に返り、
「陛下、あの…」
 遠慮がちにアザリンをいさめる。アザリンもそこで事の事態に気が付いて頬を赤らめたものだった。
 アザリンはこの時のタイラーの口調に敏感に気付いた。子供と思っていると、いつのまにかしら鋭い女の勘が目覚め始めている。タイラーのユリコを呼ぶ声は、どこか優しい。なにか特別な存在であるのが分かる。
 アザリンはしぶしぶタイラーから離れると、
「余はタイラーと話がしたい。すぐ行くから待っていろ」
と言った。
 タイラーはにっこり笑うと、「わかりました陛下」と小さく答える。
 そうだ、余は皇帝である。ラアルゴンの全国民を背負い、代表として、象徴としてここに訪問したのだ…。
「すまぬ」
 気恥ずかしそうにアザリンはタイラーを見上げる。
「なぁに、謝ることはありませんよ、陛下。行事ったって永遠に終わらないわけじゃない。ま、ここは一つ、やるべき事を済ませてからにしましょ」
「うん」
 こうしてアザリンの御出席された様々な公式行事はそのこと如くが予定通り執り行われ、全て滞りなく終えるのである。それもこれも、後でパコパコと合う楽しみのためだった。

 そして、今の場面になるわけだ。
「ドムくん、陛下のこれからの予定はどうなの?」
「ん?」
 ル・バラバ・ドムは、長い緋色の髪を揺らして振り返る。若獅子の目が、いくぶんか鋭くなった。
「なぜだ、タイラー」
 タイラーは笑顔を浮かべると、
「せめてもアザリンちゃんの願いを聞こうかと…」
「余の願いだと?」
  アザリンが顔を上げる。タイラーは慌てて顔色を変えると、
「いえ、陛下のご希望を叶えて差し上げたいと」
 ようは言っていることは同じである。言い方が多少変わったぐらいで。それでもアザリンは、慌てたタイラーの様子がとてつもなく気に入ったらしく、
「よい。余の願いじゃ。叶えよ」
 と笑いながら言った。
「そういうことだよ」
 タイラーはへらへらと笑う。なんにもまして、少々勘に障ったが、ドムはしぶしぶ白状した。
「今日の予定は先ほどすべて滞りなく終了しました。明日の朝までなにもありません」
「よし、いっちょ行きますか?」
「本当かっ?」
 アザリンが目を輝くかせる。
「はい、もちろんです。このタイラー、陛下に嘘を付いたことがありますか?」
 「ない」と言おうとした所、突然ユリコが言った。
「ですが…護衛も付けずに行かれるのはどうかと思います。それから、あまりの遠出は」
 アザリンはユリコの横やりにむっとしながら、
「よい。遠出はせん。が、その代わり護衛は要らぬ。どうしてもと言うなら、余とタイラーのすぐ近くには寄るな」
 きつい、お言葉である。
 皇帝らしい、毅然とした口調で、アザリンが言う。それ以上言わせぬ気迫だったので、周りの者達はみな口をつぐんだ。
 アザリンが再びタイラーを見上げて腕につかまる。その口調も態度は先ほどとは打って変わって、年頃の少女らしさをよく表していると言えるだろう
「なあ、どこへ連れて行ってくれるのじゃ?」
「うん、どこがいいかなァ」
「タイラーが連れて行ってくれる所なら、どこでも良い」
 アザリンがうれしいそうに言う。タイラーさえ居れば、いいのだ。
 タイラーはちょっと考えて、微笑んだ。

 

 アザリンは淡いブルーのドレスを着ている。以前着ていたものよりもずっと大人びていて、少し恋を覚え始めた今のアザリンにはぴったりだった。スカートが夜風にそよぐ。
「きれい…」
 テラスの手すりにもたれかかって、うっとりとアザリンが眼下に広がる夜景を眺める。艶やかな赤い髪がさらさらと揺れた。
 かたわらにタイラーが歩み寄る。先ほどと同じ軍の礼服姿だった。両手に二つ、シャンバングラスを持っていた。
「はい」
 タイラーがアザリンに渡す。アザリンはそれを受け取って嬉しそうに笑った。
「まさか、余がそちとこうして盃を交わすとはな」
 タイラーはあいまいな笑みを浮かべたままである。
「ここの料理はお口にあいましたか?」
「うん、美味であった」
 アザリンが答える。これはもう、シェフが聞いたら大喜びだろう。皇帝陛下御自らの賛辞を受けた…えらく名誉のある事なのだ。
 それから、タイラーはアザリンの右側に立ち、アザリンと同じように手すりに寄りかかる。
 丘の上に立つ高級レストランの、特別室…タイラー少佐がアザリンの為に用意したものだった。普段はよっぽどのVIPしか使わない。いや、アザリンの為になら、レストランの一つや二つ特別新設してもいいくらいなのだ。
 けれど、アザリンはタイラーに感謝している。おごることなく、タイラーの用意してくれたことに素直に感動した。街中の喧騒から離れた、夜景の一番綺麗に見えるこの場所を…。
「のぉ、タイラー」
「今は周りに誰も居ないよ」
 アザリンがタイラーを見上げる。
 タイラーがにっこりと微笑んだ。それに対して、アザリンが頬を赤らめる。
「パ…パコパコ」
 改めて呼ぶその声は、照れているのか、小さかった。弱い風とはいえ、吹いているので余計である。しかし、タイラーは聞き落とすことなく応えた。
「なんだい、アザリンちゃん」
 アザリンは何かを言おうするが言い出せず、うつむいた。その様子がなんだかかわいらしい。そして、意を決したように顔を上げる。
「パコパコ、余は…私は、逢えてうれしい…」
 今のアザリンには精一杯の告白かもしれなかった。少女はそのまま赤くなってうつむいてしまう。
 タイラーが優しい声で、「ぼくもさ」と言った。
「本当?」
「もちろん。さっきも言っただろう?ぼくは一度も君に嘘を付いてない」
 タイラーの髪も風になびいている。それを押さえて、にっこりと笑った。
「逢いたかったよ」
「パコパコ…っ」
 アザリンはタイラーに抱き着いた。それを抱き止めるタイラー。
 それこそ、この場面をドムあたりが見つけでもしたら激怒ものだろう。いや、激怒どころではなく、決闘かもしれない。なんにしろドムは『陛下、我が命』なのだから…。
「私、パコパコのことが…」
 タイラーは人差し指を立てて、「シーっ」のポーズを取る。
「だめだよ、アザリンちゃん。それ以上言っちゃ」
「…言わせてももらえないの?」
 泣きそうに切ない顔をして見上げるアザリンに、タイラーは優しく髪をなでながら微笑む。
「こんなに…ずっと逢えないで…ずっと、ずっと逢いたかったのに、やっと今になって言えると思ったのに…」
「アザリンちゃん…」
「やっと二人きりになれたのに」
 タイラーがまっすぐにアザリンを見つめた。
 だが、アザリンは聞き分けのない子供のようにいやいやをする。タイラーにしがみついて、離れようとしない。タイラーはそれを諭すように言う。
「アザリンちゃん」
「いや。パコパコと居たい」
 困ったようにタイラーは笑う。アザリンは突然顔を上げた。
「あの女…ユリコとか言ったか?」
「は?」
 突然のことにタイラーが間の抜けた返事をした。
「昼間の…『そよかぜ』の時にもいた」
「あ、ユリコさん?」
 タイラーのそう呼ぶ顔が、自然と緩む。タイラーの口からその名が出ると、アザリンは明らかに機嫌悪く、眉を吊り上げた。しまった…とタイラーが口を閉じるが、それはもう後の祭りである。
「その女、パコパコ、そちのなんだ?」
「は…なんだと言われても…」
 答えに窮する。それが余計にアザリンの気分を害した。
 適当にあしらえばいいものを、タイラーは「パコパコ」時代だったくせなのか、アザリンには一つも嘘を付けない。いや、ユリコにもか。
「特別な女か?」
 タイラーは顔を引き締めた。そして、力強く、「はい」と答える。
「自分の…将来を約束した相手です」
 見る見るうちに、アザリンの顔が不機嫌の極致に達する。けれどタイラーは、どんな咎めも受けよう、と覚悟まで決めていた。それだけ、タイラーにとってユリコは大切な人なのだろう。
 しかし、予想に反してアザリンは、「そうか」とだけ短く言った。
 タイラーから離れると、アザリンはテラスを出て部屋の中に入った。タイラーが後を追った。
 けれど、アザリンは振り返らず、そのままドアに向う。
「アザリンちゃん?」
 アザリンは背を向けたままである。そして、静かに言った。
「今日は面白い余興であった」
「アザリンちゃん」
 呼びかける。アザリンの肩が震えた。思わず駆け寄ろうとするタイラー。
「追うでない、タイラー」
 『タイラー』は立ち止まった。確かに今、アザリンはそう呼んだ。
「いいな、追ってくるな」
 そう言い残すと、アザリンは部屋を飛び出していた。

 

「この度の平和交渉が再び破られることなく、永久に続くものと強く希望する」
 神聖ラアルゴン帝国第二十七代皇帝ゴザ十六世陛下はそう高らかに宣言した。
 堂々とした、威厳に満ちた、それでいて同等に…それ以上に麗しい少女皇帝は、静かに宇宙軍の高官の面々を見渡した。その中にタイラーの姿を見つけて、一瞬視線を止める。しかし、何事もなかったように続けて見渡した。
 側に控えるドムは、その様子を黙って見守っている。しかし、彼はその中で、昨夜の様子を思い出していた。

 

「陛下…」
 階下で待機していたドムを始めとする、近衛兵達の前に突如としてアザリンは現れたのだった。
 泣いたらしかったが、何ともないように毅然として立ち、「余は、今日はもう疲れた。もどろう」とだけ言った。
 思う所あって、ドムは兵達にアザリンのことを任せ、自分は階段を駆け上がった。
 ドアは開いている。
 入ってみると、タイラーがテラスに出て、夜景を見ていた。
「タイラー」
 呼びかけると、タイラーは振り返った。そして、ゆっくりと片手を上げ、「やぁ」と言った。
 ドムもテラスに出る。いい風が頬をかすめる。ラアルゴン人特有の、ちょっとくせのある緋色の髪を、夜風が揺らしていった。
「なにが、あったのだ」
 タイラーは再び視線を街に向けていた。その背中が、どことなく元気ない。
「アザリンちゃんにね」
 ドムを前に、恐れ多くも皇帝陛下をちゃん付けで呼ぶ。普段のタイラーなら、そんな事は十分分かっているはずである。ドムは怒るよりも、驚いて閉口した。
 そんなドムに気付いてないのか、タイラーは続けた。
「アザリンちゃんに、嫌われちゃったんじゃないかな」
「なぜ?」
 タイラーは振り返った。そして、改めてドムを見て驚いたようだった。
「なぜだ?」
 タイラーに対するアザリンの寵愛ぶりは、ドムが痛いほど知っている。それなのに、この栄えある称号を、タイラーはなくしてしまったと言うのか。
 もう一度、尋ねる。
「なぜだ」
 タイラーは肩を竦めた。
「ぼくには未来永劫、死ぬまで一緒に付き添ってくれる人がいる。…いや、決めていたんだ」
 どこか誇らしげに、どこか嬉しそうに、タイラーは言った。
「ぼくは、その人と暮らす」
 ドムは黙った。…そういう事だったのか。
「私は…陛下になにか申し上げるべきかな?」
 自問するように言う。けれど、答えはすでに分かりきっていることだった。
 タイラーは首を横に振ると、星空を見上げた。
「なにも…言ってくれなくていいよ」
 タイラーはちょっと寂しそうに、しかし、それでも晴れ晴れとした表情をしていた。
 ただ、地上を嘲笑うかのように星が瞬いていた。

 

 アザリンがラアルゴンへ帰還する為に、艦のタラップへと足をかけた。
 盛大な見送りの中、アザリンはふと思い出したように振り返り、群衆の中のタイラーを見つめた。
 その視線はじっと止まったままである。つられて周囲の目もタイラーにむけられる。タイラーはきょとん、と呆けた顔をしていた。
 アザリンはにっこりと微笑むと、高らかと言った。
「タイラー…いや、パコパコ、余はそちの婚礼を祝福する。その時は、余も呼ぶのだぞ」
 おおっ、と人々の間から声が出た。それは英雄タイラー艦長の結婚話に対する驚愕と、陛下自身からの名誉ある祝福を受けたと言う驚愕からであった。
「でもな、余はまだ諦めたわけではないぞ」
 フフッといたずらっぽい笑顔を作る。
 再び驚きの声。それにはさすがのタイラーも目をぱちくりさせている。物も言えないのか、自分を指さし、口をぱくぱくさせた。
 やっと出た言葉は、
「ドムくん、なにか言ったねっ?」
 なにが可笑しいのか、アザリンの後ろに控えていた当のドムは笑っていた。それこそ、「陛下を悲しませた罪」とばかりに笑っている。
「また逢おうぞ」
 アザリンはそう宣言し、タラップを渡る。
 困惑するタイラーと群衆の目の前から、それこそ勝ち誇るように、ラアルゴンの艦隊は大宇宙へと旅立って行った。

 

END

 


この話の時間は小説よりアニメを取ってます。
タイラーとユリコの結婚は、差し迫った状況で慌しく執り行われた(とは言え、稀代の大軍人なので立派だったが…)ワケで。
それに多少の手心を加えて(笑)出来上がってます。
ストーリー設定は、割と気に入ってる方かな。

最初、これをお読みになった方は私に対して間違いを指摘したかったでしょう…
「アザリンちゃんはタイラーをパコパコと呼ぶんだゾ!」と。
まあ、何故あえて「タイラー」と呼ばせたかは、その後に書いてますけど。<ここらへんは小説版
って言うか、暴君(笑)で有名なアザリンが体裁を気にして言葉を選ぶとは思えませんけどね。ははは。
今回は微妙にシリアスちっくなタイラーでした。

原作版のタイラーは結構好きなんですが、アニメ版のタイラーはユリコよりアザリン寄りなんで、ちょっと納得いきません。
もちろんアザリンも好きではあるのですが…
やっぱりタイラーって言ったら「ユリコさ〜ん!!」でしょう。

ま、いいんだけどね。

っていうか、ゴメンよドム…私の書く内容で君の役目はこんな感じのものばっかりだ。
だって、どんなに眉目秀麗の紅獅子だって、いつまで経っても「日和見艦長」なんだもん。笑。

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